「歌声喫茶」ふたたび? 一体感で裾野広がる 出前も
往年の名曲を歌手と共に観客みんなで歌うコンサートが続々と開催され、中高年に人気を集めている。一体感を得られるのが魅力で、かつて流行した「歌声喫茶」の拡大版ともいえる。
1月下旬、埼玉県春日部市で一人暮らしをする女性(66)は20年ぶりにコンサート会場を訪れた。春日部市民文化会館で開かれた「歌声コンサート」だ。
きっかけは、自宅に届いた公演のチラシ。演奏曲の例に「愛の讃歌」「青い山脈」など知っている曲が多く「気晴らしに」と思い足を運んだ。「みんなで歌うイベント」と記されてあったが、「主役はステージの歌手で、観客が共に歌う時間が少しある程度だろう」と考えていた。だが、実際は想像と違っていた。
まず発声練習
研ナオコのバックミュージシャンとして活動した音楽家で同公演を企画した杉山公章氏が舞台に登場し、まず始めたのが観客約200人の発声練習だ。1時間半の本編ではピアノとギターの演奏に合わせ「上を向いて歩こう」「あざみの歌」などを杉山氏が歌い、「思い思いに歌って」と呼びかけた。舞台上のスクリーンには歌詞が表示され、公演の冒頭から杉山氏のマイクの歌声をかき消すほどの大合唱が沸き起こる。
女性も気づけば声を張り上げ、手を揺らす振り付けも入れて夢中になって歌っていた。終演後、「みんなと同じ曲を歌う一体感が心地よかった。夫に先立たれ塞ぎがちだったけれど、前に進む一歩になったかも」と笑顔で話した。
こうした参加型のコンサートを杉山氏が始めたのは、7年ほど前。ここ1~2年、高齢者を中心に観客が急増。昨年は活動初年の5倍以上となる約300回の公演を主に関東地方で開いた。最近は数百人が収容できるホールなどで開催する機会も増えている。
「音楽は不思議なもので、一緒に歌えば理屈ぬきでダイレクトに多くの人の心がつながる。そうした感動を僕も含めて大勢の人が求めているから活動が勢いづいてきたと思う」と杉山氏は手応えを語る。
みんなで歌う風景はかつて東京など大都市の各所で見られた。1960年代、若者が集う場として流行したのが歌声喫茶だ。70年代に入ると閉店が相次いだが、ブームを担った「団塊の世代」の定年退職が始まった2000年代半ば以降、復活の兆しをみせる。
伴奏者ら派遣
創業63年となる老舗の歌声喫茶「ともしび」(東京)は店内にとどまらず、全国のホールやホテルの宴会場に司会者と伴奏者を派遣して音楽公演を開く「出前歌声喫茶」を手がける。同社で音楽企画を担当する寺谷宏氏は「各地の公共文化施設や社会福祉協議会、商工会議所などの依頼を受けて派遣する例がここ2~3年で増えた」と話す。現在では年200カ所以上で出前公演を催し、2千席規模の大ホールで開くこともあるという。中高年が客層の中心で、寺谷氏は人気の背景には「青春の思い出に刻まれた歌声喫茶の懐かしい感動に再び触れたいという思いや、歌うことで健康づくりに役立てたいとのニーズがある」とみる。
みんなで歌うことの魅力は若い世代にも響いている。30~40代の5人組のコーラスグループ「ベイビー・ブー」は11年に「ともしび」新宿店で歌を披露した際、「全員で合唱する温かい雰囲気に衝撃を受けた」と振り返る。
以来、同店の舞台に立ち続け、各地で「うたごえ喫茶音楽会」などの公演も開く。孫から祖父母まで3世代で歌える曲をつくろうと、昨年秋にはボニージャックスと組んでシングル曲「じいじのシンデレラ」を発表。目標は日本武道館で1万人の大合唱祭を開くこと。「僕らが一緒に歌える名曲を引き継げるようにしたい」と意気込む。
こうした裾野の広がりについて、寺谷氏は「会社では競争にさらされ、家庭に帰っても家族がそれぞれ個の空間で生きるようになっている。人と人がバラバラになりすぎた現在、ぬくもりを共有する喜びに立ち返りたいという時代の衝動を表しているのではないか」と話している。
(文化部 諸岡良宣)
[日本経済新聞夕刊2017年2月6日付]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。