「とりつくしま」東直子著 物となり大切な人見守る
死んでしまった後、モノになって大切な人の近くにいられるとしたら、あなたは何になりますか――。
この世に未練を持つ死者に「とりつくしま係」が問いかける。死者の選択は様々だ。夫のお気に入りのマグカップになった妻、よく遊んでいたジャングルジムとして母親を待ちわびる男の子。彼らは生きている人に二度と話しかけることはできない。それぞれの思いを抱えながら、大切な人をそっと見守っていく。
こんなファンタジーを集めた短編集「とりつくしま」(東直子著、ちくま文庫)が2011年の文庫刊行から5年にして突然、売れ始めた。昨年8月まで約1万部だった累計発行部数は同11月に11万部を突破。映画やドラマの原作に採用されたわけでもなく、著名人が「お勧め」したわけでもない本が、3カ月で10万部増刷するのは異例だ。
販売拡大のきっかけは9月に帯を付け替えたことだ。帯文は「大好きな人に今すぐ会いたくなる本No.1!」。筑摩書房で文庫の営業を担当する尾竹伸氏に聞くと、ツイッターなどで寄せられた感想を参考に考えたという。
もともと本作には「数は多くないが、熱い感想を発信するファンがいた」と尾竹氏。それだけなら珍しくないが、本作は「そのようなファンが10代の女性から60代の男性まで、まさに老若男女を問わず存在していた」のが特徴だ。
これは幅広い読者に受け入れられる潜在力を持っているのではないか。そう考えて、尾竹氏が改めて読み直したところ「歌人の著者らしく、ぎりぎりまで研ぎ澄まされた文章は、短く、美しく、そして誰にでも読みやすい」。
題名だけではどんな物語かがわかりにくいため、内容をイメージしやすい帯に付け替えて全国約60の書店で試験販売すると、月30冊程度だった販売が2500冊に急拡大。その後も順調に部数を伸ばしているという。
本作の執筆は東日本大震災の前だが、震災を経て「大切な人をある日突然失うかもしれないと改めて認識した人は多い。そうした読者の心に響く物語ではないか」と尾竹氏。帯によると「読後、最初に思い浮かんだ顔があなたの一番大切な人」なのだとか。さて、あなたなら、一体何に「とりつき」ますか?
(枝)
[日本経済新聞夕刊2017年1月4日付]
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