原田マハ著「本日は、お日柄もよく」文庫版
「何度も泣きました!!」 書店員のパネルが火付け役
2013年に徳間書店が刊行した原田マハ著「本日は、お日柄もよく」の文庫版が30万部を超えるロングセラーとなっている。火付け役は、東京駅構内にあるブックエキスプレス東京駅京葉ストリート店の書店員が記した1枚の手書きパネルだった。「何度も泣きました!!」。本書の魅力を伝えるストレートな言葉が、書店に足を運んだ読者の心をわしづかみしたようだ。
主人公は20代OL。友人の結婚式に出席して感動的なスピーチと出合ったのを機に、伝説のスピーチライターに弟子入りして言葉の修業をする。パネルの作者である杉浦かおりさんは「同世代の主人公が言葉と格闘する『お仕事小説』。心を打つスピーチ原稿を読む度に心を揺さぶられた」と話す。
「泣ける」とうたうコピーは山ほどあるが、徳間書店マーケティング部の長谷川みえさんは「宣伝文句にはない、心から出た言葉が読者に伝わったのだろう」とみる。同社は杉浦さんのコピーを帯に採用。紀伊国屋書店や三省堂書店などが全店で展開すると瞬く間に売り上げが伸びた。水引をデザインした表紙が「おめでたい」と、新規開業する書店からの注文も相次いだ。
読んだ本を紹介する交流サイト「読書メーター」でも話題で、次の一文は印象的な言葉としてよく引用される。「困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい。三時間後の君、涙がとまっている。二十四時間後の君、涙は乾いている。二日後の君、顔を上げている。三日後の君、歩き出している」。反響を受け、同社はさらに帯や電車内向け広告にこの言葉を使った。
小説は2009年前後の政治状況を踏まえている。国内では政権交代が叫ばれ、海外では当時のオバマ米大統領候補が圧倒的な演説の力で支持を集めていた。本書から引用すれば「言葉の力で世界を変えられることもある」と信じられていた時期だった。
しかし、現在はどうか。決戦間近の米大統領選は中傷合戦と化し、国内でも警察官が市民に向けて放った差別的な発言が問題になっている。同社編集担当の大久保光子さんは言う。「もう一度、言葉の力を取り戻したい、そんな読者の潜在意識がヒットの要因にある気がします」
(近)
[日本経済新聞夕刊2016年11月2日付]
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