東京フィルメックス、豊作 アジア新人監督の切実感
自分の故郷や自分の体験を題材に、現代社会の真実に迫る。27日閉幕した第17回東京フィルメックスは、新人監督ならではの切実感みなぎる秀作がそろい、アジア映画の勢いを感じさせた。
最優秀作品賞を射止めた中国映画「よみがえりの樹」は、チャン・ハンイ監督が育った陝西省の山間の村が舞台。主人公の村は荒れ、崖に掘ったヤオトンに住む人々も減り続けている。
不思議な物語だ。息子とまきを採りにいった森で、10年前に亡くなった妻の魂が息子に憑依(ひょうい)する。息子の肉体を借りた妻は「じきに村はなくなるから、庭の木を移して」と訴える……。
現代中国、淡々と
人々が村を去り、木々が枯れる。一方で川沿いの町は開発が進み、高層ビルや発電所がそびえる。そんな現代中国を象徴する光景の中で展開する幽霊物語だ。
「黄土高原地帯の冬はすることがなく、子どものころは老人たちの怪談を聞いて夜を過ごした。祖母が死んだ時は心が痛んだが、輪廻転生(りんねてんせい)の話が慰めとなった」とチャン。コンペの監督で最も若い29歳で、この作品が長編第1作だ。若手監督を支援するジャ・ジャンクー監督が製作した。
審査員の女優アンジェリ・バヤニは「中国の片田舎でゆっくりと、しかし痛みを伴いながら村が消えていくという現実を捉えている。しかもそれをセンチメンタルにせず、安易なノスタルジーに浸る事もなく淡々と描き出している」と授賞理由を述べた。審査委員長の映画評論家トニー・レインズは「社会的、経済的、政治的問題を想像力豊かに描き出した」と評した。
審査員特別賞の「バーニング・バード」もスリランカのサンジーワ・プシュパクマーラ監督(39)が子ども時代の内戦での体験を下敷きに、故郷の村で撮った。これが長編第2作だ。
1989年、漁師の夫が突然民兵に連行され、殺される。8人の子と義母を養うため、妻は働く。採石場で、食肉処理場で、歓楽街で。苦難はますます募る。
監督自身11歳で父を亡くし、母が8人兄弟を育てた。89年の残虐行為も見た。「個人的体験と当時の政治状況から物語を作った。題名には自由に空を飛びたいが、飛ぶことができないという思いを込めた」という。女性の転落の物語が、東スリランカの自然の風景を丸ごととらえたロングショットの中で淡々と展開することで、古代から現代に通じる神話性さえ帯びる。
少年少女の真情
スペシャル・メンション(特別表彰)の韓国のユン・ガウン監督(34)「私たち」は、学校で仲間はずれにされる10歳の少女の物語。ユンは「私も似たような経験をした。いつか撮りたいと思っていた」と語る。長編第1作だ。
少女たちの傷つきやすさと傷つけやすさの両方を繊細にとらえる。新奇な方法論があるわけではないが、子供たちの表情がみずみずしく、ささやかな勇気が胸に迫る。観客賞も受けた。
学生審査員賞の「普通の家族」はマニラのストリートチルドレンのカップルが生まれたばかりの赤ん坊を盗まれる物語。マニラの同じ地区で育ったエドゥアルド・ロイJr監督(36)が捉える街は生々しく、少年少女の真情が鮮烈に伝わる。
賞を逃したが、バンコクで働くミャンマーからの不法移民の苦難を描く「マンダレーへの道」もミディ・ジー監督(36)の実感がこもっていた。ミャンマーから台湾に移住した監督は「兄や姉の体験をもとにするが、30年前も今日も起きている話だ」と語った。
コンペ10本中の6本が長編第1作。平均年齢35歳という若い顔ぶれだった今年のフィルメックス。どれも「どうしてもこれを撮りたい」という初期作品ゆえの切実さに満ちながら、独りよがりにならず、現代社会の深層と向きあっていた。豊作だった。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2016年11月29日付]
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