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「天皇陵入場」唯一の祭り 渡御の神事、しずしずと 誉田八幡宮(大阪府羽曳野市)古きを歩けば(1)

2011/9/20

皇室の祖先の墓、陵墓は宮内庁が“聖域”として管理しており、一般の立ち入りは原則禁じられている。だが全国で唯一、特別に天皇陵に入ることができる祭礼があることはあまり知られていない。大阪府羽曳野市にある誉田(こんだ)八幡宮が毎年、秋の大祭で執り行う「渡御(とぎょ)」の神事だ。

■しずしずと進む神輿

誉田八幡宮は1000年以上に渡って「応神天皇陵」を守ってきた

この神社は、「応神天皇陵」として宮内庁が管理する誉田御廟山古墳の南側にある。今年も9月15日夜、渡御の神事が行われた。地元住民ら大勢の参拝者が見守る中、弓や矛などの神宝を携えた氏子らに導かれて、白装束の氏子が担ぐ神輿(みこし)がしずしずと進んだ。祭りに付き物の威勢のいい掛け声は聞こえず、代わりに境内には雅楽が穏やかに流れる。行く手には古墳が山のようにそびえている。

神輿は参拝者を従えて、宮内庁が古墳の周囲に巡らせた柵を抜け、普段は非公開となっている天皇陵の領域内に入った。周濠(ごう)の堤の上まで30メートルほど進み、暗闇に包まれた木立の中に神輿が静かに据えられた。供物がささげられ、宮司が朗々と祝詞を唱えあげるのに続いて、白と赤の装束の巫女(みこ)が浪速神楽を舞うと、涼風に乗って鈴の音が夜空に響いた。

誉田八幡宮が祭っている八幡大神とは、応神天皇を指す。もともと九州地方で信仰されていた神で同天皇とは無関係だったが、奈良~平安時代に応神天皇と習合したとみられている。八幡信仰の神社は全国に点在し、古来、武家の守護神として信仰を集めた。誉田八幡宮には源頼朝が寄進したと伝えられる国宝の神輿や、足利義教が寄進したとされる国重要文化財の縁起絵巻など数々の文化財が伝わり、社格の高さを物語る。創建時期ははっきりしないが、11世紀に現在の場所に移った記録が残っている。

「渡御」の神事では、普段は非公開の応神天皇陵に入ることが許される
応神陵内に据えた神輿の前で、祝詞を唱え、神楽を奉納する

■1000年以上前から「応神陵」と認識

一方、誉田御廟山古墳は5世紀ごろ築造されたとみられる巨大な前方後円墳。墳丘の全長は425メートルで大仙古墳(仁徳天皇陵、堺市)に次ぐ全国2位だが、高さでは勝っており、容積では全国最大とされる。

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