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古代天皇陵と都、不思議な幾何学関係 大和三山と益田岩船が起点 異説の日本史(3)

2011/8/24

畝傍山の南西にある忌部山。小さな山だが、天香具山、耳成山と二等辺三角形を形作る。益田岩船とも不思議な位置関係にある。

 前回まで、紀伊半島を横切る北緯34度32分の緯線上に太陽信仰の遺跡が並ぶとする「太陽の道」説、奈良から京都まで天武・持統陵や天智陵などが同じ経線上で一直線に並ぶとする「聖なるライン」説を追った。「よくできた偶然」と考えればそれまでだが、記紀神話との奇妙な符合など、それなりの根拠もあった。今回はもっと複雑な図形の異説を紹介しよう。「偶然」か、それとも……。

■古代のスーパーグラフィック

 畝傍、耳成、天香具山の「大和三山」。奈良県橿原市の藤原宮跡に立つと、ちょうど3つの山に取り囲まれる格好になる。万葉集の13番目の和歌「香具山は畝傍ををしと耳成と相争ひき……」(中大兄皇子、後の天智天皇)にも詠まれたように、古来3つの山は一体として認識されていた。

 3つの山頂を結ぶと正確な二等辺三角形を形作る。どれも自然の山とされるが、あまりに正確なため、ピラミッドのような人工造山と疑う人さえいる。

 この三角形の底辺の垂直二等分線を延長すると、北東側は古代から神宿る山とされた三輪山の中腹あたりに行き着く。南西側は三角形の頂点である畝傍山を通り、さらに忌部山という小さな山を貫く。指摘したのは建築家の渡辺豊和・京都造形芸術大学名誉教授だ。「大和に眠る太陽の都」(1983年、学芸出版社)では、三輪山から放たれた矢が忌部山を貫く図に見えるとして「古代の地上のスーパーグラフィック」とうまい表現をしている。

 さらに渡辺名誉教授は、この「矢」の図と古事記の暗合にも言及した。三輪山の大物主神が丹塗り矢に化身し、美人の姫の富登(ほと、陰部)を突いた。それで生まれた姫が初代神武天皇の皇后になったという伝説だ。忌部山は畝傍山の富登ということになる。

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