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「常識を覆す」という言葉は新聞や雑誌の見出しで時々目にします。新興企業や衰退していた企業が「斬新な戦略」で好業績を上げたようなときに使われます。

ところで「常識」ってなんでしょうか?辞書を見ると「一般社会人が当然もつとされる知識や判断力」なんて書いてあるわけですが、「当然」って何が当然で、誰が決めたのでしょうか?

慶応大学ビジネススクール 清水勝彦氏

慶応大学ビジネススクール 清水勝彦氏

「常識」=「社会人としてのルール」と考えると「ルール」には2種類あります。1つは、たとえば歩行者は右といった、別に左でもいいんだけど決めておかないと混乱するからあるもの。もう1つは、そもそも目的があってできたスピード制限のようなものです。後者はしばしば「形骸化」していることがあります。

本来の意味を失ったのに誰も疑問を持たずに従っている「ルール」「常識」です。2年前に「子供の健康診断で座高を測るのは意味がないからやめるべきだと文科省の有識者団体が提言した」という新聞記事を読んでのけぞった方も多いのではないでしょうか。何の意味もないのに延々80年近くも、誰も、何の疑問も持たずに行われ、しかも「座高測定器」なんていうものまであった。疑問を持たない方が「楽」なのです。

そう考えてみると「常識」というのはおまじないのようなもので、結構怪しいと思ったほうがよいのではないでしょうか? そもそもの目的を常に問い直す必要があるということです。「考えてみりゃあ」と原点に戻ることの大切さは、故西堀栄三郎氏もよく指摘されていたことです。

企業の中では「この仕事は何のためにやるんですか?」なんて上司に聞くとまず「バカ」と言われます。しかし、そう言われるのは、もしかしたら上司も本当の目的を理解していないからかもしれません。「既得権益」「面倒くさい」が「常識」という言葉にすりかえられ、ごまかされるのはままあることです。しめしめと思ってよく考えると、チャンスが転がっているかもしれません。

ケーススタディー 戦略立案者8つの落とし穴

「常識」と「思い込み」とは紙一重です。確かに、世の中の「常識」に従わないと仲間外れになったり、あるいは投資家やサプライヤーの支持が得られないかもしれないので、何でもかんでも「常識を覆す」ことは難しいしするべきではないかもしれませんが、「思い込みでないか」と自問することはとても大切です。初めのうちは理由があっても、いつの間にかルーティン化され、疑問を持たなくなることは多いのです。「慣れ」というのは、いい意味でも悪い意味でも、人間の持つ重要な生存本能なのです。吉原先生もご指摘されていますが(組織あるいは人間の持つ)「慣性」は、経営学の大きなテーマの1つです。

McKinsey Quarterlyに2003年に出た「Hidden flaws in strategy(戦略立案の落とし穴)」では次のような人間の脳に根本的に内在する問題が指摘されています。合理的であるはずの優れた経営者あるいは戦略立案者が「知らず知らず」のうちにはまってしまう「落とし穴」です。

1.自信過剰:
 これは言うまでもないでしょう

2.頭の中での「財布」の分離(mental accounting):
 例えば、ばくちでもうけた100万円は散財したりするのですが、家電製品が壊れて数万円の買い替えをするのにも腹立たしく思ったりします。「財布が別」と思ってしまうからです。「自分のお金」であることに変わりはないのですが。同様に、新規事業にはどんどんお金をつぎ込むけれど、既存事業にはとてもケチ、なんていうことが起こります。

3.現状維持バイアス:
 新しいことにトライをすることはリスクが付き物ですが人間はどうしても「現状維持」「なれたやり方」が好きです。たとえ、何もしないほうがリスクが大きくても。

4.無意識的な基準設定(anchoring):
 これは交渉や意思決定の時によく指摘されるのですが、たとえば、全く根拠がなくても、ある数字を提示されるとそれが「基準=anchor」となってそれに引っ張られる人間の性癖です。最初に10万円と提示された商品を6万円までまけさせることができたら「やったー」と思ったりするわけですが、実際は3万円くらいのものかもしれません。「最初に提示された10万円」というところが問題です。桁がいくつも違うM&A(合併・買収)でもよくある話です。

5.埋没原価(sunk-cost)のバイアス:
 これはまずいと思いながらもどんどん投資をし続けてしまう「escalation of commitment」の大きな原因としてよく取り上げられます。過去にした投資はもう沈んでしまって(sunk)どうにもならないのに、ついつい「ここまでやったんだから」ということでこだわり、さらに傷口を広げるケースです。新規プロジェクトや買収したダメ企業への対応でも見られますし、駅前でタクシーが全然来ないのに「これだけ待ったからもう少し」とさらに30分も待って、結局バスでいった方がはるかに早かった……というような話です。

6.群れたがる(The Herding instinct):
 「他社がやっているから、当社も」という、まさに吉原先生の指摘する問題点です。2点ほどご参考までに追加すれば、(1)よく「日本企業は横並びが好きで」などとしたり顔でおっしゃる方がいますが、まさに世界配信のMcKinsey Quarterlyが指摘するように、これは世界的な傾向です(2)他社のまねは悪いところばかりではありません。追随しないことで他社の独走を許したりするかもしれませんし、先行した他社から学ぶことでより良い商品・サービスを提供することもできます。吉原先生も本書で「ユニークな戦略を考え出すためには、必ずしもとびぬけた創造的思考能力が必要なわけではない。外国の答えを見ながら、また進んだ業界の答えを見ながら、自分の会社のために戦略の答案を書けばよいからである」(本書59ページ)と指摘されています。

7.将来の変化の感情的影響を過大評価する:
 例えば、経営者が合併を考える際に、あるいは新しい評価制度を導入するときに、社員への影響を考え、ちゅうちょすることはあると思います。しかし「人間とは、びっくりするほどすぐに新しい環境に慣れる」のも事実です。例えば、社員の動機づけのために全社の給与水準を20%上げても、社員が喜んでやる気を出しているのは2、3カ月、すぐに新しい水準に慣れてそれが当然のことのように思う、それが現実です。

8.共有したつもり:
 人間には、どうしても「自分の意見」に沿った情報を選択的に選んだり、そちらに注意がいくという傾向があります。従って、「共有したい」戦略とかビジョンは、いつの間にか「共有しているはずだ」「共有できた」と決定的な証拠もないままどんどん確信が深まったりします。また、「グループシンク」つまり、KY=場の空気を読んでいないと「チームプレーヤーではない」と思われるのではないかと思い、「合意したふりをする」という指摘もあります。

「常識」に挑戦することは、面倒であったり、リスクを冒すことであったりするのですが、だからこそチャンスがあるのです。面倒でもなく、リスクもないとすれば、誰だってできるのですから。

清水勝彦(しみず・かつひこ)
慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネス・スクール)教授
1986年東京大学法学部卒、94年ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)、コーポレイトディレクション(プリンシプルコンサルタント)を経て、2000年テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D.)。同年テキサス大学サンアントニオ校助教授、06年准教授(テニュア取得)。10年から現職。近著に「実行と責任」「戦略と実行」(日経BP社)などがある。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

[日経Bizアカデミー2016年3月22日付]

「バカな」と「なるほど」

著者 : 吉原 英樹
出版 : PHP研究所
価格 : 1,404円 (税込み)

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