変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック

ファーガソンは本書で「息子たちが幼い頃の私は家を空けてばかりで、仕事一筋」と述べているように、彼の人生はサッカー一色でした。そんな彼も「引退前の10年ほどは多くの趣味に心の安らぎを見いだすことで、より効率的に監督業をこなした」と記しています。

具体的には、馬主になるほど競馬を愛したほか、アメリカの歴史(特にケネディ元米大統領暗殺事件)についての書物を読みあさったり、ワインをコレクションしたり。

「私は競馬のおかげで気分を切り替えることを身につけ、読書とワインからも同じ喜びを得た。実際のところ、本格的にこうした分野にのめりこんでいったのは1997年で、当時は壁にぶつかり、サッカー以外のことを考えなければと思うようになっていた」

では、他の名将はどうでしょう。本書にも登場するペップ・グアルディオラは、FCバルセロナの監督として偉業を達成した後に「ほかにやりたいこともあるし、人生はサッカーだけじゃない」と4年で退任。その後の1年間を家族とニューヨークで過ごしました。

チェスの世界チャンピオンであるガルリ・カスパロフと交流を持ち、美術館を訪れ、ゴルフを楽しむなど"ピッチの外"の世界を謳歌しました。

私は仕事柄、業種も規模もさまざまな企業のトップとお目にかかる機会がありますが、彼らに共通しているのはオンとオフをうまく切り替え、仕事一辺倒ではなく、造詣の深い趣味を持ち教養にあふれていることです。

「これと言った趣味がないんです…」という部下には、読書をすすめています。ファーガソンも自伝の中で「ありがたいことに読書という単純な行為は、仕事と人生のストレスから逃れる素晴らしい手段だ」と記していますし。

私はファーガソンの意に反し(?)読書から仕事と人生のヒントをもらうことが少なくないのですが。

ケーススタディー がんばり続けるためには

ファーガソンはピッチの外で、競馬や読書、ワインに情熱を傾け、グアルディオラはサッカーとは関わりのない世界へ逃避行して自らを"リ・クリエーション(再創造)"しました。

前回のコラムで、ラグビー日本代表前ヘッドコーチのエディー・ジョーンズ(以下、エディーさんと称します)が、競馬調教師の教えをコーチングのヒントにしていることを紹介しました。フットボールと競馬、ファーガソンとエディーさんの邂逅(かいこう)に、ファーガソンとエディーさんを敬愛し、競馬ファンでもある私はついほくそえんでしまいました。

実はエディーさんについて書かれた本(生島淳著「ラグビー日本代表ヘッドコーチ エディ・ジョーンズとの対話 ~コーチングとは『信じること』」)の中にも、グアルディオラが登場します。

エディーさんは「コーチングはアートである」との考えの持ち主ですので、創造性を重視するグアルディオラを評価するのはもっともなことで、「グアルディオラの指導法には学ぶべきところが多い」として、「実際にバイエルンの練習を現地で視察し、数多くのヒントを得てもいる」そうです。さらに「規律や楽しさを十分に使いこなせるコーチは、まさに『アーチスト』と呼ぶにふさわしい」「ピッチ上でも美を追求する」と絶賛しています。

同書でエディーさんは、「監督」とは「チームをマネジメントによって運営する統括責任者」であるとし、「ヘッドコーチに誰を起用するかを決めることもできるし、予算の管理、スポンサーとの折衝なども仕事の一部になってくる」、そして「ヘッドコーチは練習と試合における『現場の最高責任者』」と、両者の職能の違いを語っています。

そして、モウリーニョやグアルディオラを「選手の獲得をはじめとして、クラブの運営に深く関わり」「彼らはグラウンドを愛している。マネジャーというだけでなく、ヘッドコーチ的な役割も十分に担えるんです」と説明。一方、「ファーガソンは、グラウンドでのコーチングというよりも、実際にはディレクターとして組織を統括していた人物だったと思います」と分類しています。

なるほど、オーストラリア出身ゆえ欧米流、つまりジョブ・ディスクリプション(職務記述書)で職務範囲を明確に定義したうえで雇用契約を結ぶという考え方が身に付いているエディーさんらしい解説です。

サッカーも「ルーティン」

さて、ファーガソンの自伝に話を戻しますと、希代の名将たちからもう一つ学べることがあります。それは「ルーティン」。まさに、昨秋のラグビー日本代表快進撃と五郎丸人気で一躍注目された言葉ですが、本来の意味は、日常規則的に繰り返される生活様式であり、一定の手順で行われる仕事のことです。

ファーガソンは本書で「世の中には目が覚めてからもベッドの中にいる人々がいるが、私にはできない。目が覚めると同時に跳び起きて、どこかに出かける準備をした。寝転んで時間を無駄にするようなことはしなかった。十分に眠ったから目が覚めるのだ。私は6時15分までに起きて、7時には自宅から15分の距離の練習場に着いていた。その習慣はずっと変わらなかった」と自らのルーティンについて記しています。

モウリーニョも、「毎朝7時に起きて、8時15分にはスタジアムに入る。練習が始まるまでの2時間、完全な静寂の中、オフィスで練習の細かい準備をしたり、自チームと対戦相手の分析をすすめる。聞こえるのは、清掃員の老婆たちのささやきと周囲のざわつく音だけだ。練習開始前にアシスタントと短いミーティングを行い、次戦の相手チームの特徴を確認する。芝生管理の責任者とはピッチ状態の話や週末の試合時の天候を、用具係とは練習で使う道具を確認する。選手のケガや健康状態によって、別メニューが必要かなどは医療担当と相談する。これが日課だ」(出所:ヌーノ・ルス、ルイス・ミゲル・ペレイラ著「モウリーニョ 成功の秘密」)と語っています。

グアルディオラは「いつものように対戦相手の研究のためバルサの練習場に残ることが、監督に就任してからのルーティンであり、バイエルンでも続けている仕事だ。対戦するチームの長所と弱点を探しながら、まる2日間かけて相手を分析する」(出所:マルティ・パラルナウ著「ペップ・グアルディオラ ~キミにすべてを語ろう」)としています。

さらに、スポーツチームの名将たちは食事も重要なルーティンだと考えています。

グアルディオラは、選手たちに、「3日に1度の試合が続く中で、フィジカルの回復ができる唯一の方法は、これしかない。アウェーの試合は、なんの問題もない。シャワーを浴びて、チームのバスに乗ってパスタを食べる。それでいい。しかし、(ホームスタジアムの)アリアンツ・アレーナでの試合では、ここで食事をするのは君たちの義務なんだ。もう2度と言わない、これが最後だ。試合後1時間以内に食事をしなければならないことを肝に銘じてくれ。最高レベルのプロフェッショナルの選手として、今この瞬間から、君たちがそれを実行すると私は信じる」と説きました。

エディーさんいわく、「試合前の食事、『プリゲーム・ミール』はチームにとって大切な儀式のようなものです。マネジメント側からすれば、選手たちがいい精神状態で試合に入っていけるよう、食事の場を演出する必要があります。たとえばメニューひとつ取ってみても、何を出すかは精神面に重要な影響を及ぼしかねない」。

大御所ファーガソンはとてもシンプルです。

「とにかく健康でいること。人間は健康でなければいけない。体にいいものを食べるべきだ」

日々の忙しさにかまけていると、つい基本的なことを忘れてしまいがちですが、仕事でがんばり続けるためには、たまには意識してオフの時間を持ち、ピッチの外で見聞を広げること。そして、食事も含めた日常生活のルーティンで自分をリ・クリエーション(再創造)することが重要なのです。

岸田雅裕(きしだ・まさひろ)
A.T. カーニー株式会社日本代表
東京大学経済学部卒業、ニューヨーク大学スターンスクールMBA修了。パルコ、日本総合研究所、米系及び欧州系経営コンサルティング会社を経て、A.T. カーニー入社。専門は消費財、小売、外食、自動車など。著書に「コンサルティングの極意」がある。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

[日経Bizアカデミー2016年2月9日付]

アレックス・ファーガソン自伝

著者 : アレックス・ファーガソン
出版 : 日本文芸社
価格 : 2,484円 (税込み)

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedo日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック