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「アレックス・ファーガソン自伝」は英国の名門サッカー・チーム、マンチェスター・ユナイテッドの監督を27年にわたって務めあげた希代の名将が、2013年の引退を機に著した自伝で、本国で83万部を超えるベストセラーとなりました。

ファーガソンが人生の中で出会った人々、出来事を回想する形で記されています。率直すぎる内容は本国で物議を醸したそうですが、卓越した手腕、監督心理、戦術は、部下を管理する立場のビジネスマンにとっても参考となるでしょう。

本稿では「リーダーシップ」「ステークホルダー・マネジメント」「ピッチの外」の3つの観点から本書を紹介します。

スポーツチームに限らず監督と呼ばれる者の使命は、集団を統率し、その共通の目標(スポーツの場合は言うまでもなく勝利)の達成へ導くことです。古くより軍隊などの集団を率いるためにコマンド&コントロールというトップ・ダウン手法がとられてきましたが、現代のスポーツチームのマネジメントにおいてはもはや通用しません。監督の指示に従うだけでなく、より個々人の現場判断が求められるのです。

特にサッカーではチームワークよりも優れた個人のプレーが目を引き評価されることが少なくありません。大草原で常に群れで行動する草食動物よりも、虎視眈々(たんたん)と獲物を狙う肉食獣のような選手がチームの要となっています。それゆえに個性的なスター選手を抱えるチームの監督が時に猛獣使いに例えられるのでしょう。

私は本書を読み、ファーガソンは「不易流行」な人物ではないかと思いました。自分自身の(不易な)信念を変えることなく、指導方法や(流行的な)選手やファン、メディアとのつきあい方を進化させることができた。そのようにして監督業を全うした彼の半生は、コマンド&コントロールではない、新しいリーダーシップの形を提示してくれているのです。

ケーススタディー ベッカムとの確執のなかで

ファーガソンは四半世紀にわたり同じチームの監督を務め、たゆまぬ努力を重んじ、選手たちにもサッカー一筋であることを強いたことから(ピッチ外で脚光を浴びる道を選んだベッカム選手との確執は有名ですね)、頑迷固陋(がんめいころう)というイメージを持たれがちですが、前述のとおり、私は彼が「不易流行」な人物ではないか思いました。

では、不易流行の「不易」の部分をファーガソンの自伝から読み解いてみましょう。

まず、勝たなくてはならない使命。常に勝利を意識し執着すること。執着とは、時に「あきらめが悪い」と同じようにネガティブな意味にとられるかもしれませんが、チャンピオンになるという目標を掲げ、周到に準備し、体制を整え、もし失敗したらなぜそうなったのか徹底的に分析し、間違いに気づいたらそこから正していく、というプロセスを踏む限りはポジティブ・シンキングなのです。

ファーガソンは本書の中で「スコットランドにルーツを持つファーガソン一族のモットーは(ドゥルキウス・エクス・アスペリス)――ラテン語で『困難の先の甘美』という意味だ。私にとっても、この前向きな考え方は39年間の監督人生を乗り切る支えになった」と記しています。「困難の先の甘美」を求め、目標を全うするために「あきらめない」精神、前向きな考えの持ち主、とはビジネスにおいてもイノベーションのけん引力となる素養の一つです。

そして、監督にとっての「流行」とは紛れもなくチームの環境です。選手のコンディション(けがや故障による戦力外)や世代交代という従来のリスクに加え、プレミアムリーグのブランド化により巨額の契約金が動いて選手のトレードが頻発し、チームが常に同じ状態ではいられないことに対応しなければならないのです。

勝負の世界は厳しいのです。コマが変われば、それに応じて戦い方を変えなければなりません。常に勝ち続けるためには、最強の布陣で臨まなければなりません。そして、次のシーズン、さらには数年後を見据えた選手の育成と補強も必要になります。

「監督が支配力を失ったら、その瞬間にクラブはおしまいだ。選手がチームを牛耳るようになり、深刻な問題が起きる」として、ユース時代より目をかけ「息子のように」育ててきたベッカムを、「サッカーに対するあの並外れた執着心がすっかり失われてしまった」「私が指導した選手の中でただ一人、名前を売ることを望み、ピッチ外でも注目の的になろうと努力した」と非難し、手放すこともいとわなかった。ファーガソンはそんな冷徹さを持ち合わせてもいるのです。

オーナーは代わっても

さらに、ファーガソンの「不易流行」な姿勢が垣間見えるエピソードがあります。本書の中で「1991年にマンチェスター・ユナイテッドが公開会社になった瞬間から、いずれ個人オーナーに買収されることはわかっていた」と述べているように、2005年にマンチェスター・ユナイテッドはアメリカの富豪グレイザー家に買収されました。

非英国人の実業家がチームのオーナーになったことで、サポーターからは、ロシア人石油王アブラモヴィッチが03年にチェルシーを買収し(監督の意思にかまわず、ポケットマネーでウクライナ代表のシェフチェンコ選手やドイツ代表のバラック選手らを獲得するなど)奔放に振る舞ったことから、ファーガソンの監督続投も危惧されました。「監督にとって、オーナーの交代は非常に厄介だ。ボスが代われば環境もがらりと変わる。今度のオーナーは自分を評価しているのだろうか?それとも監督と最高経営責任者(CEO)の首をすげ替えたいと思っているのだろうか?」

結果的に、グレイザー家はオーナーの一存ですべてを変えることが可能だったにもかかわらず、ファーガソンにすべてを委ねました。マンチェスター・ユナイテッドが抱える負債や個人オーナーという形態を好ましく思わないファンクラブから態度の表明を迫られたときも、ファーガソンは「私は監督だ。アメリカ人のオーナーが所有するクラブで働いている」「私の監督としての権限を弱めるような指示などの圧力はなかった。ならば一部のサポーターに、生涯の職から退くよう迫られたからといって、従う必要はない」と答えたのです。

さらに、「グレイザー・ファミリーの強みの一つはロンドンに営業部があって、世界中からスポンサーが集まってくることだ。トルコ航空、サウジアラビアや香港、タイの電話会社、東アジアのビール会社。おかげで何千万ポンドという現金が入り、借金返済の役に立った。」と、新オーナーによる環境の変化をポジティブにとらえました。

グレイザー家はおそらくファーガソンの、環境の変化にしなやかに対応する「流行」の部分と、オーナーが代わっても自らのスタイルとチームのカルチャーを変えないというしたたかな「不易」の部分の両方に価値を見出したのでしょう。

企業を取り巻く環境はグローバル化やデジタル化の進展により、一昔前どころか数年前と比較してもめまぐるしく変わっています。国の基幹産業だから、一流企業だからとあぐらをかいてはいられないのです。

先だって「将来的に人工知能やロボットにとって代わられる可能性のある職業」という調査結果が発表され、世間をにぎわせましたが、たとえツールや手法が変わっても、目標に向かって人を導く責務はロボットではない誰かが担わなければなりません。リーダーシップとはまさにアナログでとても人間臭いのです。

岸田雅裕(きしだ・まさひろ)
A.T. カーニー株式会社日本代表
東京大学経済学部卒業、ニューヨーク大学スターンスクールMBA修了。パルコ、日本総合研究所、米系及び欧州系経営コンサルティング会社を経て、A.T. カーニー入社。専門は消費財、小売、外食、自動車など。著書に「コンサルティングの極意」がある。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

[日経Bizアカデミー2016年1月12日付]

アレックス・ファーガソン自伝

著者 : アレックス・ファーガソン
出版 : 日本文芸社
価格 : 2,484円 (税込み)

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