偶然を味わって謙虚になる

ところが実は、勝者たちもまた絶えず競争に駆り立てられ、ボロボロに傷ついている。冒頭で紹介した若者の精神的危機は、裕福な家庭の子弟の方がより深刻だという。

サンデル教授は、大学入試の「くじ引き化」という奇策を提言する。勉強についていけない者、仲間の学びに貢献できないものを除外したら、あとはくじで選別するのだ。能力は基準の一つとして扱うが、それが全てではない。

選ばれた者は、自分の運命が偶然の産物であること、努力できる家庭環境や生まれ持った資質もまた、偶然の幸運だったことに気がつく。その謙虚さは、能力主義にさらされ続けた者を精神的に解放するだけでなく、社会の分断を修復し、寛容な社会をもたらすはずだとサンデル教授は主張する。

平等を誇った日本社会も、いまや格差問題に直面している。私たちの中にも、今の地位や成功は自分の努力の成果だという、おごりがないだろうか。公平な社会を子ども世代に伝えていくために、本書の説く謙虚さを意識すべきときが来ているように思われる。

今回の評者 = 戎橋 昌之
情報工場エディター。元官僚で、現在は官公庁向けコンサルタントとして働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。大阪府出身。東大卒。

実力も運のうち 能力主義は正義か?

著者 : マイケル・サンデル
出版 : 早川書房
価格 : 2,420 円(税込み)

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