大学で部活に没頭 NASAの影響受け宇宙探査に興味
宇宙航空研究開発機構(JAXA) 元シニアフェロー 川口淳一郎氏(4)
京都大学で機械工学を専攻したが、宇宙工学を学ぶため大学院は東京大学に進んだ(写真は東京大学駒場キャンパス)
エンジンの故障をはじめ数多くのトラブルに見舞われながら、困難を乗り越えて地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。宇宙航空研究開発機構(JAXA)でプロジェクトマネージャを務めた、元シニアフェローの川口淳一郎氏は、小惑星からサンプルを持ちかえる世界初の試みを成功に導いた。川口氏の「仕事人秘録」の第4回では、将来へのターニングポイントとなった学生時代を振り返ります。
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大学に入学した当時はまだ学生運動も盛んで、バリケードで大学が封鎖されることもありました。体操部の練習には毎日のように通いましたが、授業には熱心に出席した方ではありません。授業に出ていないので担当の教官の顔を知らず、リポート提出の際にだれに渡せばよいか尋ねたところ、尋ねた相手が担当教官だったこともあります。
器械体操を始めたのは高校からで、体操部のレギュラーにはなれませんでした。しかし理系にとどまらない幅広い友人とのつきあいは、リーダーシップやチームワークを学ぶよい機会になったと思います。
体操部の仲間とは京都から和歌山まで1日半ほどかけてサイクリングし、海岸で一泊して戻ったりもしました。夏休みに青森県弘前市の実家まで自転車で帰省したこともあります。
体操部の先輩に紹介された冬山のアルバイトもよい思い出です。北アルプスの白馬のスキー宿で食事や掃除の手伝いをしながら1カ月以上無料で滞在させてもらいました。子供のころからスキーには慣れているので、宿の仕事のない日中はすきなだけ滑れます。スキーブームになる前でしたが、関西から白馬に行くスキー客専用の夜行列車が出ていました。