小学生で望遠鏡を手作り 父は口出さず、考える力培う宇宙航空研究開発機構(JAXA) 元シニアフェロー 川口淳一郎氏(2)

小学校時代は科学クラブに所属した(前列左端が川口氏)
小学校時代は科学クラブに所属した(前列左端が川口氏)

エンジンの故障をはじめ数多くのトラブルに見舞われながら、困難を乗り越えて地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。宇宙航空研究開発機構(JAXA)でプロジェクトマネージャを務めた、元シニアフェローの川口淳一郎氏は、小惑星からサンプルを持ちかえる世界初の試みを成功に導いた。川口氏の「仕事人秘録」の第2回では、自ら「原点」と言う、父親からの教えを振り返ります。

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1955年、青森県弘前市に生まれて高校卒業まで過ごす。多彩な趣味を持つ両親と弟の4人家族で育った。

父は高校の数学教師でした。旧制第二高等学校(現東北大学)で機械工学を学んでいましたが、第2次世界大戦が激しくなり地元に戻って教師をすることになったと聞いています。父の兄弟も理系の人が多く、すぐ上の兄も工学を学んでいたそうです。しつけに厳しい人で、特に「おごることのないように」とずいぶん言われたものです。

母は北海道の生まれですが、小さいころに弘前市の隣町の藤崎町に引っ越してきました。あまりうるさいことをいう人ではなく、小学校の頃に「勉強しなさい」などと言われた記憶はありません。珍しく「英語をやってみたら」と言われて通ったことがありますが、先生がいなくなり3カ月程度で終わってしまいました。習ったのはたぶん近所の教会だったと思います。

両親とも趣味が多彩で文化的な教室によく参加していました。ただ趣味の傾向は違い、父は短歌や俳句、絵画、囲碁などに凝っていました。母は華道や茶道、詩吟といった趣味に熱心でした。私自身はこういった趣味にはあまり興味がなく、子供の頃の習い事も書道塾に行ったくらいです。

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