ひらめきブックレビュー

人間を壊す手術がなぜノーベル賞 安易な解決策の教訓 『禍(わざわ)いの科学』

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人類にとって画期的だと信じられ、広く受け入れられたのに、実際には大きな害悪をもたらしてしまった――本書『禍(わざわ)いの科学』(関谷冬華訳)は、そんな科学的発明の悪影響を取り上げ、「なぜ」そうなったのかを読み解こうとするもの。取り上げられるのは、現在にも影響が残る、アヘン、マーガリン、ロボトミー手術、化学肥料、優生学、DDT(有機塩素系殺虫剤)禁止、メガビタミン療法の7つの発明だ。

著者は長年ワクチンの研究をしてきた科学者で医者のポール・A・オフィット氏。エピソードだけでなく、どうすれば悲劇にならずに済んだのかという「教訓」も導き出している。その教訓をもとに、最終章では電子タバコや遺伝子組み換え作物といった最先端の発明に対しても考察を進めている。

■「手っ取り早く」が命取り

発明のなかには、現代人からすると「なぜ受け入れられたのか」と驚くものもある。その筆頭が「ロボトミー手術」だ。精神病の治療として頭蓋骨に穴を開け、脳の前頭葉の一部を切除する。不安発作と妄想で悩んでいた患者も、処置後は症状が改善されたという。この手術を発明したポルトガルの神経科医は「精神疾患の外科的治療法を発明した」として、1949年にノーベル賞を受賞している。

本書によると1970年代の初めまでに、米国では2万件以上ものロボトミー手術が行われたそうだ。治療を受けた患者は扱いやすくなったが、体のけいれんや識字障害などの副作用に襲われたり、無気力状態に陥ってしまって通常の生活が送れなくなった者もいた。

ロボトミー手術を米国でけん引したのがウォルター・フリーマンという医者だ。高名な外科医の祖父にコンプレックスがあり、この手術にかける情熱が大きかったようだ。派手な演出を好む性質で、アイスピックを用いてたった数分で処置を行う「ドライブスルー・ロボトミー」ものちに考案する。

もちろん、当時から手術に対する疑義や非難はあった。だが、まかり通ったのはなぜなのか。当時は精神病に対処する手段が他になかったこと、州立の精神科病院は患者であふれていたこと、病院は環境が劣悪で虐待が横行していたことが、手術を推進する背景になっていたと著者はみる。

ロボトミー手術の問題が広がるとともに、1950年代に向精神薬が発明され、手術は行われなくなる。著者が導く教訓は「手っ取り早い解決策には気をつけろ」だ。数分で済み、全身麻酔もいらない手軽な手術。それで長年の悩みや時間、お金の苦労から解放される。こんな「うまい話」に飛びつき、注意深く判断することを怠った人はとても多かったのだ。ジョン・F・ケネディ米大統領の妹もロボトミー手術の被害者になったという。

著者は、たとえば現代の自閉症の子供たちへの治療方法を巡っても、怪しくても手っ取り早い解決策を求める人がいる状況は変わっていないことに触れている。昨今、新型コロナウイルスに関してさまざまな「解決策」が流布したことを考えてみても、本書に描かれる禍いや失敗は過去の話とは言えなさそうだ。

今回の評者 = 山田周平
情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームの一員。埼玉県出身。早大卒。

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