「君たち解散したら」 社長のひと言にあっさり承諾バンダイナムコアーツ 副社長 井上俊次氏(9)

1981年2月18日に解散宣言をして、記者会見に臨んだ(右から2番目が井上氏)
1981年2月18日に解散宣言をして、記者会見に臨んだ(右から2番目が井上氏)

市場規模が膨らんだ「アニメソング(アニソン)」ビジネスの立役者の一人がバンダイナムコアーツの井上俊次副社長です。1970年代にロックバンド「レイジー」で一世を風靡しました。井上氏の「仕事人秘録」の第9回では、レイジーが解散に至ったいきさつを明かします。

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バンド人気もピークを過ぎ、アイドル路線への疑問が強くなっていた。

「君たち、本当はどんな音楽がやりたいんだ」。事務所の紹介でプロデューサーに就いたのは、後に作家になる伊集院静さん。「ハードロックがやりたいです」。ぼくたちの答えは明快でした。「やってみればいいじゃないか」。箱根のロックウェルスタジオに籠もり、本来のハードロック回帰を狙ったアルバムの制作に取りかかりました。

雑誌の取材でも「ロックがやりたい」と公言して平気でたばこも吸うようになりました。1980年7月からの全国ツアーでは「アイドル路線はもう終わり」と「ヘヴィ・メタル宣言」。最年長でリーダーの樋口(宗孝)さんは事務所の藤田浩一社長と衝突して解雇騒動も起きました。最後は「勝手にしろ!」。アルバムのレコーディングにスタッフが誰も来なくなりました。見放されてしまったのです。

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