認知症になった専門医 患者や家族に伝えたい思いとは『ボクはやっと認知症のことがわかった』

2018年10月に出版された『だいじょうぶだよ―ぼくのおばあちゃん―』(ぱーそん書房)という絵本がある。描かれているのは、「いろいろわすれるびょうき」になったおばあちゃんと、孫の男の子、そしてその家族の物語だ。

認知症のため、食卓を囲んだ家族に対し、「みなさんはどなたですか?」と尋ねてしまうおばあちゃん。それに対し、孫の男の子は、こんなふうに言う。「おばあちゃんはぼくのおばあちゃんだよ。おばあちゃんがわからなくても、ぼくもママもパパもおねえちゃんも、みーんなおばあちゃんのことをよーくしっているから、だいじょうぶだよ」

この絵本の作者が本書『ボクはやっと認知症のことがわかった』の著者、精神科医の長谷川和夫氏である。副題に「自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言」とある。認知症の権威である長谷川氏は、2017年10月、講演会の演壇上で、自身が認知症にかかっていることを打ち明けた。本書では、そんな長谷川氏が、患者となってわかったことを含め、認知症とは何か、周囲の人々が患者とどう向き合うべきか、患者としてどう生きていこうと思っているかなどを真摯に語りかける。

現在、認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長を務め、聖マリアンナ医科大学名誉教授である長谷川氏には、認知症診断の基準となる「長谷川式簡易知能評価スケール」を公表した功績がある。共著者の猪熊律子氏は、読売新聞東京本社編集委員で、社会保障が専門。認知症であることを公表した直後の長谷川氏にインタビューし、読売新聞で記事にした記者でもある。

「何もわからなくなった人」なのか

長谷川氏が認知症になった事実を公表に至ったのは、88歳で聖マリアンナ医科大学理事長を務めていた頃だった。同氏がかかったのは「嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症」。記憶障害以外の認知機能の低下はあまり目立たず、怒りっぽくなる、頑固になるほか、不安や焦燥、抑うつなどの症状が見られる、進行が緩やかなタイプの認知症だ。患者になって初めてわかったのは「連続している」こと。つまり、認知症にかかったからといって、突然、違う人間になるわけではない。それまでとほとんど変わらない生活を送りながら、少しずつ忘れっぽくなり、生活に不自由を感じるようになっていくのだという。

だからこそ、家族など周囲の人たちは、認知症患者を「何もわからなくなった人」として、それまでと違った扱いをすべきではない。冒頭の絵本の中の男の子のように、「よーくしっている」人として、自分たちと同じ一人の人間として接してほしい、というのが本書の最大のメッセージなのだろう。

その人らしさを尊重し、その人の立場に身を置いたケアを、学問的には「パーソン・センタード・ケア」というそうだ。これは、認知症やその他の疾病に苦しむ人だけでなく、文化的背景が異なったり、自分とは考え方が違ったりする人たちと、どのように共生、あるいは協働していくかのヒントにもなるのではないだろうか。

他者を尊重し、同じ目線で接することで、自らも人間的に成長できるはず。そんなことを深く考えさせられる一冊だ。

今回の評者=吉川清史
情報工場SERENDIP編集部チーフエディター。8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」の選書、コンテンツ制作・編集に携わる。大学受験雑誌・書籍の編集者、高等教育専門誌編集長などを経て2007年から現職。東京都出身。早大卒。

ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言

著者 : 長谷川 和夫, 猪熊 律子
出版 : KADOKAWA
価格 : 1,430円 (税込み)

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