謝罪会見なのに炎上 「本気度」疑うNGワードとは

あのボロボロ状態での謝罪会見はなぜ心を打ったか

「よどみなく」「ハキハキ」といった答え方は、ポジティブな趣旨の会見では雰囲気にふさわしい。しかし、謝罪会見の場合、質問が終わらないうちから、間を空けずに即答したり、演説口調の長広舌を披露したりというのは、違和感を招きやすい。まるで想定問答に沿っているかのように、テンポよく語る応じ方や、質問に質問で切り返していくディベート調の問答も、「巧みすぎる」という反発を買いがちだ。

「事情を説明する」という、会見の本来的な役割からいえば、「立て板に水」であって悪いわけではない。だが、聞く側の感情はささくれ立つ。こうした対応を見せた会見に関して、テレビのワイドショーではコメンテーターたちが「気持ちがこもっていない」「シナリオ通り」「事件と向き合っている感じがない」「言葉が軽い」といった酷評を浴びせるケースが多い。ネットでも同様の反応が起きやすい。

私の周りの「会見観察仲間うち」では、謝罪に流暢とか達者は不要というより、「かえって妨げになる」という声が多数派だ。こういう会見ウオッチャーの批判的なまなざしを織り込んで、あえて下手で不慣れな見え具合の「演技」を盛り込む会見術はあざといといえるが、大勢から同情や寛容を得るためには、そちらのほうがまだ効果的かもしれない。

では、どんな謝罪会見が「成功例」と呼べるのか。評価やランク付けは難しいが、「仲間」の多くが「謝罪の鑑」と位置づけるのは、今から20年以上前の1997年11月24日、自主廃業に臨んで山一証券の最後の社長となった野沢正平さんが謝罪のマイクを握った、あの記者会見だ。

「私らが悪いんであって、社員は悪くありませんから!」

汗と涙で顔をくしゃくしゃにして、声を震わせながら山一廃業のいきさつを語った、いわば「ボロボロの記者会見」。だが、あれほど心に響くものは、いまだかつてないというのだ。

あのフレーズばかりが取り上げられることが多いが、実はあの後には続きがある。「どうか社員のみなさんに応援をしてやってください。お願いします」と訴えた。むしろ、ここの部分があの発言の本意だろう。突然、社員を路頭に迷わせてしまう「ふがいない社長」のくやしさや申し訳なさ、無力感などがないまぜになった、魂の叫びともいえる「謝罪」だった。「経営悪」を一身に引き取った点でも、見事な謝罪といえるだろう。

あの瞬間に「計算」はなかった。社長の体面をとりつくろうそぶりもなく、「素」だった。無難でも、達者でも、流ちょうでもない言葉にこそ、真のコミュニケーション能力が潜んでいるのかもしれない。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は毎月第2、4木曜掲載です。次回は2020年1月23日の予定です。

梶原しげる 1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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