謝罪会見なのに炎上 「本気度」疑うNGワードとは

謝罪会見の「絶対NGワード」

謝罪する際、決して言ってはならないのは「~だったとしたら、おわびしたい」という「条件付きおわび」だ。「もし、不愉快に感じた方がいれば、まことに申し訳ない」といった形でしばしば耳にする。まるで不愉快に感じる人が例外的で、「そんなデリケートな人がいるのか」と疑念を差し挟むかのような物言いだ。「小さいことをガタガタ言い立てなさんな」と言いたげな雰囲気も漂う。しかし、実際には大勢が不愉快に感じたから、騒ぎになったのだろう。

謝罪会見を開かざるを得ないところまで追い詰められた側が「謝罪に条件を付ける」という態度を、「不適切だ」「不遜だ」と感じる人もいる。一般論としていえば、余計な条件を付けずに、潔く謝ってしまうほうが好感を得やすい。「本心では悪いと思っていないのでは」「謝りたくなさそう」と見えてしまうのは、「謝り損」になりかねない。

別の条件付き表現には「とはいえ」という物言いもある。たとえば、「我々の当時の意図としては正しいと信じていた。とはいえ、うまくいかなかったのは事実で、その理由は運が悪かったから」といった具合だ。「十分に検討した。とはいえ、見落としがあったのは残念だ」「責任はないと考える。とはいえ、被害を受けた方々には申し訳ない気持ちでいっぱいだ」などのバリエーションもある。

「とはいえ」式謝罪の構文は、前半で自分たちの言い分を押し出し、後半で世間の見方に理解を示す。両論併記のようにもみえるが、トーンとしては前半の自己弁護に力点が置かれている。聞きようによっては、後半は「~という言いがかりを付けてくるやからもいるが」といった、否定的なニュアンスすら帯びる。

前半部分の「努力」「妥当性」を強調することによって、責任を回避したいという思惑がにじむ。謝罪者側の「僕たち、悪くないもんね」とでも言いたげな、煮えきらない態度を露骨に表す表現だ。謝罪の本気度を疑わせてしまう点で、わざわざ会見を開いた意味を失わせかねない。

謝罪会見を成功させるうえでは、これらの言い訳めいた物言いを避けて、事実関係を明らかにしたうえで、謝罪すべきポイントに関して、率直に謝るのが効果的だとみえる。その際に大事なのは、誠実な態度が伝わる語彙選択や表情、振る舞いだ。これらは謝罪を受け入れる側や、会見を視聴している人とのコミュニケーションに寄与する期待が大きい。

丁寧である必要はあるが、達者で流暢(りゅうちょう)であるには及ばない。むしろ、過剰なまでにこなれた言動は、時にコミュニケーションを阻害する要因となり得る。結婚式のプロ司会者が見せるような、職業的スキルとも映る「立て板に水」的な話運びはかえって鼻につく場合がある。

記者会見を開くほどの重大な謝罪の機会はそうそうあるものではない。いや、あってはならないだろう。それだからこそ、謝罪の言動は、こなれすぎていると、奇妙な見え具合になる。ここで「うまさ」は求められていない。むしろ、つっかえつっかえで、とつとつとしたぐらいのほうが、聞く側の気持ちになじみやすい。

今こそ始める学び特集
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら
注目記事
次のページ
あのボロボロ状態での謝罪会見はなぜ心を打ったか
今こそ始める学び特集
ブックコーナー ビジネス書などの書評はこちら