イスカンダルはアレクサンダー! 外国人の名前の謎
編集委員 小林明

人気ロックバンド「ローリング・ストーンズ」のボーカリスト、Mick Jagger(ミック・ジャガー)、伝説的なヘビー級のプロボクサー、Mike Tyson(マイク・タイソン)、米国のシンボル的なキャラクター、Mickey Mouse(ミッキーマウス)。
この3人の共通点とは何か、皆さんはお分かりだろうか?
ミック、マイク、ミッキーの共通点は?
実は、いずれの名前(ミック、マイク、ミッキー)もMichael(マイケル)の愛称なのだ。
Mick Jagger(ミック・ジャガー)の本名はMichael Philip Jagger(マイケル・フィリップ・ジャガー)、Mike Tyson(マイク・タイソン)の本名はMichael Gerard Tyson(マイケル・ジェラルド・タイソン)。ともに愛称を名前にしている。「おそらく、呼びやすいし、より親しみを覚えてもらうためだろう」。外国人の「名前学」の権威、流通科学大学の梅田修・名誉教授はこう推測する。
さらに、Mickey Mouse(ミッキーマウス)の場合は、作者のウォルト・ディズニーが祖先の母国であるアイルランドの典型的な男子の名前、Michael(マイケル)の愛称であり、アイルランド人への蔑称でもあるMickey(ミッキー)を、自らが考案したキャラクターの名前として選んだそうだ。
つまり、これらを名前でくくると、Mick Jagger(ミック・ジャガー)も、Mike Tyson(マイク・タイソン)も、Mickey Mouse(ミッキーマウス)も、Michael Jackson(マイケル・ジャクソン)と同じグループに入るというわけ。
「ジョン」の愛称はジャック、ジャッキー、ジョニー…
ほかにも愛称のグループはたくさんある(表1)。
たとえば、Richard(リチャード)なら、Dick(ディック)、Hick(ヒック)、Rick(リック)など。Robert(ロバート)なら、Rob(ロブ)、Robin(ロビン)、Hob(ホブ)、Dob(ドブ)、Nob(ノブ)など。Daniel(ダニエル)なら、Danny(ダニー)、Dan(ダン)など。

John(ジョン)なら、Jack(ジャック)、Jacky(ジャッキー)、Jackie(ジャッキー)、Johnny(ジョニー)など……といった具合。つまり、名前でくくれば、人気俳優のJack Nicholson(ジャック・ニコルソン)も、Jackie Chan(ジャッキー・チェン)も、Johnny Depp(ジョニー・デップ)も、John Travolta(ジョン・トラボルタ)と同じグループに入ることになる。
ところで、こうした愛称はどうして生まれたのだろうか?
そもそも、誕生するプロセスで何か規則性があるのだろうか?
調べてみると、興味深いウンチクが浮かび上がってくる。

なぜ愛称が生まれたのか?
混乱を避ける「生活の知恵」
これは身近な例を考えれば分かりやすい。学校や家の近所など、小さな組織や共同体のなかで偶然、同姓同名の人物がいる場合を想定してみよう。名前が混同して紛らわしいので、それぞれを別の愛称で呼ぶようになるのは日本でも決して珍しいことではない。もし、学校の同じクラスに木村拓哉(きむらたくや)という人物が複数いたら、1人を「タッキー」、もう1人を「たっくん」などと呼び分けることがある。これなら混乱を多少なりとも減らせる。
英語でもこうした「生活の知恵」が働いて、様々な愛称が派生したと考えられている。
特に人気が高い名前ほど、愛称も多くなる傾向がある。同名が多いので混乱する恐れが大きいからだ。前ページの表1で愛称を紹介した名前を見ても、たしかに過去の人気ランキングで上位に顔を出した名前が多い(3月15日掲載の前々回のコラムを参照)。
愛称が生まれるルールとは?
愛称が生まれる際にもいくつかのルールがある。それをまとめたのが表2。
「――ie」「――y」「――kin」などの語尾をつけたり、音節で切ったり、省略したり、韻を踏んだり、なまったり……。日本語の名前の愛称の生まれ方とも似ている部分が多い。
基本は、名前をより短くすること。
例えば、William(ウィリアム)やElizabeth(エリザベス)の場合、たしかに格式は高いが、やや堅苦しい感じがしないわけでもない。「そこで、William(ウィリアム)をWill(ウィル)やBill(ビル)など、Elizabeth(エリザベス)をBeth(ベス)、Betty(ベティ)、Liz(リズ)などに変えてみる。すると呼びやすくなり、相手に対する親しみも増す」(流通科学大学の梅田・名誉教授)というわけ。
AKB48の元メンバー、前田敦子(まえだ・あつこ)さんを「あっちゃん」と呼ぶのもこれと似た感覚だろう。実際、Bill Clinton(ビル・クリントン)、Jimmy Carter(ジミー・カーター)など本名でなく、愛称を名前にしている著名人も少なくない。

各言語における名前の変化を追い掛けるのもおもしろい。
表3は男性名の変化をまとめた抜粋(名前の読み方は「ヨーロッパ人名語源事典」に準拠)。Anthony(アンソニー)、John(ジョン)、Michael(マイケル)、Paul(ポール)、Peter(ピーター)……。言語に応じてそれぞれ変化している様子が読み取れる。
チャールズ、カール、シャルルと変化
Charles(チャールズ)は、ドイツ語でKarl(カール)、フランス語でCharles(シャルル)、イタリア語でCarlo(カルロ)、スペイン語でCarlos(カルロス)と変化する(受験時代、歴史上の人物名を暗記した世界史の参考書を思い出してしまうのは私だけだろうか)。
Paul(ポール)は、ドイツ語でPaul(パウル)、フランス語でPaul(ポル)、イタリア語でPaolo(パオロ)、スペイン語でPablo(パブロ)、ロシア語でPavel(パーヴェル)と変化し、Peter(ピーター)は、ドイツ語でPeter(ペーター)、フランス語でPierre(ピエール)、イタリア語でPietro(ピエトロ)、スペイン語でPedro(ペドロ)、ロシア語でPyotr(ピョートル)と変化する。どれも日本人に慣れ親しんだ名前ばかりだ。
ハイジの「ペーター少年」はドイツ語
人気アニメ「アルプスの少女ハイジ」にはハイジの友達としてヤギ飼いの「ペーター少年」が登場するが、これはスイス人の作家、ヨハンナ・シュピリがドイツ語で書いた小説を原作としているためと考えられる。
第266代目のローマ法王にこのほど選出された初の中南米出身の「フランシスコ」。アルゼンチン人でスペイン語を使うので「フランシスコ」となるが、イタリア語を使っているローマ法王庁(バチカン)のおひざもとでは「フランチェスコ」と呼ばれている。
表を眺めているだけでも意外な発見があっておもしろい。
「イスカンダル」の語源は?

マケドニア王の「アレクサンダー」は、表には掲載していないが、ギリシャ語で「アレクサンドロス」、アラビア語・ペルシャ語で「イスカンダル」と変化する。つまり、人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」に登場する架空の惑星「イスカンダル」の語源は「アレクサンダー」だったわけだ。
「文化、教養が共通する欧州の言語は、民族の移動や戦乱などを通じて影響を及ぼしながら発展した。語学も体系として整理されているので、名前の変化を広範囲にわたって追い掛けやすい」と梅田・名誉教授。
ちなみに、表で露語に空欄が目立つのは、ギリシャ正教の影響が強く、名前によってはロシア国内まで波及せず、定着しなかったためだという。
一方、女性名の変化をまとめた抜粋が表4。
言語圏や出身国も分かる
Elizabeth(エリザベス)、Laura(ローラ)、Margaret(マーガレット)、Mary(メアリー)、Susan(スーザン)……。これらも同様に、言語に応じてそれぞれ名前が変化している様子が読み取れる。
名前の字面や発音から言語圏や出身国などが推測できるのだから、こうした表を頭の片隅に入れておいても損はないかもしれない。
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