素人でも分かる? 天然フグと養殖フグの違い
2月9日は何の日か? エンジンをかけるたび、何かしらの記念日を教えてくれる我が家のカーナビによれば、「漫画の日」である。手塚治虫の命日に由来するが、かなりのマニアでないとピンとこない。それに比べ「ふくの日」は分かりやすい。西日本では「福」に引っかけフグはフク。2=ふ、9=く、にちなんで下関ふく連盟が1980年に制定した。カーナビがなぜ、あえて分かりにくい「漫画の日」を選んだかは横におこう。
天然フグの価格、養殖の2~3倍
「ふくの日」の前後1週間、某大手フグ料理チェーンが「てっさ」ことふぐ刺しを1皿29円で提供した。同僚に話すとあっという間に盛り上がり、インターネットで検索すると会社からの最寄り店は徒歩10分。さっそく予約を入れた。
最年少のM君は「ぐるなび」で予算1万円とされる寿司屋に2人で入り、出されるままに6万円以上食べても一向に腹が膨れなかったという大食漢。傾斜配分もついた割り勘となれば年長3人の割り勘負けは必至だが、1皿29円のてっさに専念してもらえば10皿食べても290円。「好きなだけ食べてくれ」。先輩風を吹かせながら意気揚々と出かけたのだった。
1人は仕事が長引いたためスタートは3人。「とりあえず、てっさ8皿下さい」。クールなH君の注文に返ってきたのは店員の予期せぬ言葉だった。「1皿29円のてっさはお1人1皿までです。2皿目からは通常価格の980円になりますがよろしいですか?」。沈黙が漂った。
考えてみれば当然だ。養殖フグの卸値を築地並みに1キロ3千円とすれば、29円は10グラム分。すしネタは1貫あたり15グラムなので、薄造りのてっさといえども10枚あれば50グラム以上にはなるだろう。国産よりも安い中国産を大量調達したとしても29円で食べ放題は考えにくい。
当初の予定が狂った我々は、会合の趣旨を食べ放題から食べ比べに変えた。この店の天然フグは1皿2480円(この日は割引が適用されて1529円だった)と養殖の約2.5倍。29円の養殖フグによる節約分を使い、天然フグを1皿頼むことにした。日本で流通しているトラフグは大半が養殖。そもそも自分が天然を食べたことがあるのかさえ定かでない。間もなく皿が来た。
歯応え際立つ天然 養殖は軟らかい
見た目は養殖が真っ白なのに対し、天然は所々うっすらと赤みを帯びている。全国ふぐ連盟の三浦国男会長によれば、「締める時に暴れたりすると血が回ることがある」そうだ。
まずは養殖を味わう。違和感なくおいしい。天然に最初に手を付けたのはH君だ。何度かかんだ後、「ああ、確かに違いますねぇ」とつぶやく。続いて食べたM君も「あ、本当だ」。最後に私。確かに違う。荒波に逆らって泳ぐ天然は運動量が多いためだろう。天然物は筋肉質でコリコリとした歯応えが際立っている。
再び養殖に戻る。天然の後だと身質がずいぶん軟らかく感じる。かすかながら養殖特有の臭いにも気がついた。
遅れていたI君が合流する。先入観を排除して実験するため、正体を隠したまま双方を食べてもらった。どっちがおいしい?
「私はこっちが好きです」
I君は毅然とした態度で天然を指さした。さすが山口県出身者である。
「元来、皿が透けて見えるほどフグを薄く切るのは、硬い身を楽しむための工夫。身の食べ応えはフグの醍醐味です」。フグの産地・山口県萩市にある「道の駅 萩しーまーと」の中沢さかな駅長が、フグの味わいについて教えてくれた。
この価値観に当てはめても、この日の天然養殖対決では天然物に分があった。ただ、三浦会長によれば「最近は養殖もよくできていて、皿に盛られたらプロでも見分けがつかないことがある」。しっかりと違いが分かるようになるには「天然を食べ慣れるしかない」とのこと。なお、食べ比べが一段落した後、会合は単なる飲み会と化した。結局、勘定は1人7000円。やはり甘い話にはワナがある。
キタマクラ、テッポウ、トミ…… フグを表す言葉には死の影が
フグを表す言葉は数多い。「フク」以外にも、「キタマクラ」「テッポウ」「トミ」などがある。
フグはとぼけた顔をしているが、内臓や卵巣に数十人の命を奪う猛毒テトロドトキシンを持つ。死人を意味する「キタマクラ」はフグの怖さを強調したもの。「テッポウ」は「当たると死ぬ」に引っかけている。フグの刺し身「てっさ」は「テッポウの刺し身」の略。「てっちり」は「テッポウのちり鍋」……といった具合だ。
怖さを強調した2つに比べ、逆説的に笑いを誘うのは江戸時代の富くじにちなんだ「トミ」。現在の宝くじのようなもので、「なかなか当たらない」との楽観、気楽さがある響きだ。いずれにせよ「福」と「死」は表裏一体。人々は古来、愛着と恐怖が入り交じった思いでこの魚と接してきた。
フグといえば山口県下関市の印象が強い。しかし下関は産地というよりは流通拠点だ。加工業者や保存設備が集積し、各地のフグがいったん集まった後、全国へと送られていく。
セリは買い手に当たる仲買人がセリ人の指を袋の中で握り、その本数によって入札額を伝えるというユニークなスタイル。競合相手の入札額は分からず、東京・築地のマグロの初セリのような常軌を逸した高値が出ることはない。
2~4月が旬のマフグ、人気急上昇も
食用の横綱はトラフグだ。大半は国内や中国の養殖でまかなわれている。海ではなく陸地で養殖する「陸上養殖」も盛んに行われている。築地市場では養殖物の相場が1キロ数千円なのに対し、天然物は1万円を超えることも珍しくない。
ちなみに前出の「萩しーまーと」が時々実施しているのはトラフグとマフグの食べ比べ。萩市ではトラフグと入れ替わるように2~4月にかけてマフグが旬を迎える。天然トラフグに比べるとやや水気が多く軟らかい身質だが、来店客に食べ比べをしてもらうと好みが二分されるという。トラフグに比べて不当に低い評価を押し上げようと萩市を挙げてのPRが実り、価格はここ数年で2倍に上昇した。
2012年10月には東京都が条例を改正し、専門の調理免許を持った人のいない料理店や小売店でもフグを扱えるようにした。これを機に東京のスーパーやイタリア料理店などからも、マフグについての問い合わせが来るようになった。回転ずしで火が付き、ツナ缶の原料から人気すしネタへと出世したビンナガマグロのような道を歩むかもしれない。(商品部 吉野浩一郎)
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