故郷・種子島で新発想の介護事業 放送作家から転身

高齢者と若者が互いにケア

その後、役場職員に代えて、パートタイムのヘルパーさんを採用したら、収支は見る間に上向いた。

梶原「仕組みを変えてコストを下げる。まるでカルロス・ゴーンさんのやり口だね」

「梶原さんらしいなあ、ほめてるのかけなしてるのか、微妙な言い方」

事業は順調に進み、4年前に社会福祉法人を立ち上げた。グループホーム、ケアホーム、デイサービス、保育・児童支援施設などを手掛け、100人近いスタッフが働いている。食堂、ピザ屋さん、パン屋さん、土産物屋さんでも、施設利用者がスタッフとして活躍し、それはそのまま就労体験・支援の一環だという。私が行った食堂もその一つだ。

梶原「ここのタンメン、味が最高ですねえ!」

「彼女はかつて大手飲食チェーンで調理担当として働いていましたから」

梶原「さすが、プロだなあ」

「食堂や土産物店なども、もともとは、県や町がやっていた事業を、うちが引き継ぎました」

事業を常に進化させる彼はこの3月、新しいタイプの「住居型老人ホーム」の運営をはじめた。

「お年寄りと障害をもった若い世代が二人一組で支え合う仕組みを考えました。おじいちゃん、おばあちゃん、特におばあちゃんは『子ども』の面倒を見るのが大好きなんですよね。若い世代にとっても、同世代は緊張の対象になることもありますが、齢を重ねたおじいちゃんおばあちゃんの包容力には格別な癒やしを感じるようです。この仕組みも好評です」

「支援を求める人たちの居場所確保と、その人たちのケアをするための人材を集める。この二つが車の両輪のように、島の福祉と雇用の場を広げる仕組みになっていけばいいなあと思ってます」

若いころの彼は私と同じように「単なるチャラいあんちゃん」だったが、こんなにも進化を遂げていたとは。「おいおい、感心するばかりじゃなく、お前も頑張れ」という、天からの言葉が聞こえてきたような気がした。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は毎月第2、4木曜掲載です。次回は2019年11月14日の予定です。

梶原しげる
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。
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