ひらめきブックレビュー

英語の早期教育どこまで有効? 発達心理学が示す答え 『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』

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「小さいうちから新しい言語を学べば、すぐにペラペラになるのでは?」

そんな期待から、幼児向け英語教育への関心は高まるいっぽうだ。2020年度の教育改革で英語が小学校の教科となり、大学入試でも英語を「話す」能力が評価の対象になったことも影響しているようだ。本書『赤ちゃんはことばをどう学ぶのか』は、子どもが言語を習得していく驚きのプロセスを紹介しながら、言葉の教育はどうあるべきかをわかりやすく解き明かしている。著者の針生悦子氏は、発達心理学と認知科学が専門の東大大学院教授。

■言葉を身につける道のりは険しい

私たちは物心がついたときには話せるようになっている。そのせいか、子どもは言語を楽々と身につけられるような気がするものだ。だがこれは錯覚だという。じつは赤ちゃんにとって、言語習得の道のりは思いのほか複雑で険しいのだ。

大人が新しい言語を学ぶときは、母語での説明を通して、あるいは母語をモデルにして理解できる。だがそもそも言語とは何かを知らない赤ちゃんは、切れ目のない話し声の中でどの音をかたまり(単語)として認識すべきか、それをどのようにつなげて文にするのか、ということから自分で発見していかなくてはならない。

また、英語のLとRのように、その言語特有の音の聞き分けも必要だ。努力の末、ひと通り話せるようになった3歳児でも、知っている単語数は500~1000にすぎないという。さらに語彙を増やし、複雑な文まで作れるようになるのは就学の頃となる。

そうした幼い子どもが母語とは別の言語環境に置かれると、年齢が低いほど母語を忘れるのが早いそうだ。これは脳の可塑性によるものではないかと、著者は推測する。8歳くらいまで固定されていない神経細胞の働きが、母語よりも新しい言語を支えるものへと変化してしまうのだ。

■日本語を十分に育むことが重要

家族で海外に移住し、子どもが現地の友だちと遊ぶのを見て「言語をあっという間に覚えた」と親が感じることもあるだろう。だがこの感覚にも、著者は疑問を呈している。ネーティブの評価による調査では、小学校期までの子どもがネーティブ並みのレベルになるまでには3年~7年が必要で、年齢が低いほど言語習得に時間がかかっている。母語の語彙力や読解力などが未熟な幼児が別の言語を身につけるには、母語を学んだときのように自分で発見を重ねていく長い道のりと努力が必要だからだ。

じつは、新しい言語を習得するのは、大人や年上の子どものほうが小さな子どもより短期間で済むというのが著者の主張だ。豊富な母語と対応づけた単語の把握や、「名詞」や「動詞」といった抽象的な母語を使った文の仕組みの理解が、その理由である。

著者は「使える」言語を身につけるには、そのための思考を支える母語を十分に育むことが重要だと説く。実際、小学校中学年以降の子どもを対象にした調査では、母語の力が高いほど、新しい現地の言語能力も高くなっている。「問題はむしろ、英語で何をどのように言うべきかを、日本語でよく考えること」だという著者の言葉に、思い当たる経験をもつ読者も多いのではないだろうか。

今回の評者 = 丸洋子
情報工場エディター。海外経験を生かし自宅で英語を教えながら、美術館で対話型鑑賞法のガイドを務める。ビジネスパーソンにひらめきを与える書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームの一員。慶大卒。

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