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暮らしを変えた立役者

3度も口説かれ商売の道へ バイトで経営センス発揮 「サイゼリヤ」創業者 正垣泰彦氏(3)

2018/11/9

始めたのはまず皿洗いから。1番きつくて逃げ出す人が多いというのでやらせてくれと願い出ました。人が足りない4階の「お好み食堂」を手伝ってくれと指示されました。そこにはくせのあるおばちゃんがいました。意地悪をするのですぐにバイトが逃げてしまっていたのです。

ですが、私は皿洗いが楽しくてしょうがない。休憩させてあげるために、おばちゃんの分までやってあげたんですよ。調理場のコックには馬券を頼まれて買いに行くと、かわいいやつだなと私だけに包丁の使い方を教えてくれるように。

いつまでたっても辞めないのでみんな喜んじゃって。「4階にはすごいやつがいるぞ!」。店中に評判になり、他の階から手伝ってくれとのオファーがひっきりなし。「こんな楽しい仕事なら、教えてもらっている時は時給なんていらないです」。そう言って渋谷食堂に入り浸りました。

仕事の1つにゴミ出しがありました。重いゴミ袋を持ち4階から階段で降りるのがとても大変。その時に3階からゴミ出しをしていたコックの見習いがいました。それが後にサイゼリヤ専務となる山本慈朗さんで、仲良くなりました。

■周りが認めた外食・商売の素質

大学4年になり卒論だけは書きたくなりまして。アルバイトを辞めたいと願い出ました。すると、コックから「おまえ、食べ物屋の素質がある。独立してやってみたらいい」。思わぬ一言に悩みました。

そのころ東京・荻窪の青果市場でたたき売りのアルバイトも引き受けていましたが、これまためちゃくちゃ売れる。「おまえ、大学に行かずに売り子をやれ」。商売をしたほうがいいと言われたのはこれで3度目でした。

渋食のコックからは何度も勧められ、ついには「俺たちも辞めてついていくから」。山本さんも一緒にやりたいと。その言葉に負けました。そんなに素質があるならやってみるか。

[日経MJ(流通新聞)2018年4月11日付]

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