ライフコラム

梶原しげるの「しゃべりテク」

「コメントを一言」の薄っぺらさ 問われる取材者の志

2018/10/25

■「一言で」に込められた深い意味

生前、ある酒席でご本人から聞いたことがある。「僕はねえ、有名人は、一般大衆が疑問を持ったり不審を抱いたりするような事態が報じられたときは、それについて説明する義務があると思う。もちろんスキャンダルを含めてね。僕は『その一言を聞くまで、私はこの場を去りません』という信念を鮮明にするため、マイクを突き出して『恐縮です! 一言、お願いします』って言ってきた。グダグダとあいまいなことを言わずに『一言でお願いします』という意味なんですよね。強引だけどね、ハハハ」

そんな様子は著書『絶筆 梨元です、恐縮です。』(展望社)にもこんなふうに書かれている。

「某大物俳優がセレブなご婦人と『噂』があると聞きつけ、周辺取材から始め、スターの自宅に何度も何度も、あの大声で電話攻勢をかけた」「堪らず本人が出るや『まことに恐縮ですが、締め切り(当時は雑誌ヤングレディーで連載中)なんで、何とか、一言お願いしまーす!』としつこく迫った」

「締め切りなんで」と、「自己都合」をへっちゃらで口にしちゃう「厚かましさ」もすごい。頭にきたスターからは「うるさい。いい加減にしろ。勝手に書け」と怒鳴られたそうだ。

普通ならビビりかねない一言だが、梨元さんは「勝手に書いてもいいんだ! ラッキー」と大喜びで勝手に書いてスクープをものにしたという「武勇伝」についての記述もある。「下品で低俗」「象にたかるハエ」とまで言われながら突っ込んでいった情熱と迫力、それ以上にネタの裏をとる努力にはすさまじいものがあった。

「プライバシーに対する世間の感覚が今とはまるで違う昔話」といわれればその通りだが、「とりあえず言っておきましたから」的な「吉沢さーん、一言お願いしまーす」に比べれば「質問とお願いのプロ」として格段に優れていた。

■質問と意見のはざまで

そんな梨元さんとはまた違った意味で「プロだなあ」と感心したつい最近の例を挙げる。貴乃花親方(当時)が自身の引退について会見したあの日、記者席から親方に声を掛けたNHKの刈屋富士雄解説委員(相撲や五輪でおなじみ)の「これは質問というよりお願いです」という言葉は世間の大きな反響を呼んだ。

「今はもう辞めると思っているかもしれませんが、もう1回、もし協会が『話し合おう』というときには、ぜひ話を聞いてもらいたい。これは質問というよりはお願いです」

「会見」という公の場所で、こんなふうに私情をストレートに訴えることの是非を問う向きもあったが、刈屋さんの「お願い」は多くの相撲ファンから「その通り!」と共感され、親方の心をも強く揺さぶったように見えた。結果的に翻意にはつながらなかったものの、貴乃花ファンはもちろん、多くの相撲ファンの気持ちを見事に代弁するものであった。

梨元さんも刈屋さんも「覚悟」を持って「自分の言葉」で問いかけた。「覚悟を伴う質問」は相手の本音を導き出す可能性を高めるが、「一言、お願いしまーす」とパターン化された質問は相手に聞き流されるだけだ。パターン化された質問は惰性につながり、惰性は質問された側にも見る側にもまるで響かない。

「よい質問」は事態を進展させることがあるが、「だめな質問」「ぼんやりした質問」からは何も生まれない。これは何も「記者会見」に限ったことではなく、日常的な我々の暮らしでも言えることのような気がする。

※「梶原しげるの「しゃべりテク」」は毎月第2、4木曜更新です。次回は2018年11月8日の予定です。

梶原しげる
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーに。92年からフリー。司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員。著書に「すべらない敬語」「まずは『ドジな話』をしなさい」など。

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