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バブル期に豪華バス開発 「世界初」多数盛り込む 日野自動車社長 下義生氏(上)

2018/1/28

日野自動車の下義生社長とマーク

■大学で機械工学を学んだ日野自動車の下義生社長(58)は、生活に不可欠な商用車で社会に貢献したいと考え、業界最大手の日野に入社した。

バスの設計部門に配属されました。車全体を見たいと希望したら、シャシーの設計から配管、全体のレイアウトまであらゆる領域を担当させてもらいました。

今はCAD(コンピューターによる設計)ソフトを使いますが、当時は畳1畳ぐらいの製図板に定規を使って図面を書きました。車の構造を必死に理解しました。商品開発の流れ全体を最初に学べたことは貴重な経験でした。

■開発部門に異動。1990年に発売した観光バス「セレガ」の立ち上げに関わった。

開発チームのリーダーとして、世界最高の観光バスを造ろうと意気込みました。当時の観光バスは団体客向けが中心。補助席で定員を最大限確保するなど効率重視でした。時はバブル最盛期。ゆったりとした高級感を演出し、非日常的な空間を過ごせる車両が求められていました。

当時の最先端の技術や流行を詰め込みました。例えば、空調は室内の4カ所で温度設定を変えられ、日の当たる場所は冷風を多めにするなど独立式にしました。現在でもないような「バブッた」企画でした。スピーカーの音質や見た目をよくするためダミーのスピーカーを置いたほか、運転手の肘掛けも導入。いずれも世界初といわれる要素を最大限盛り込みました。

■コスト意識を持つ重要性も学んだ。

夜間の見栄えを良くするために搭載した車体前方のランプでは、届け出審査の際に運輸省(現国土交通省)から「機能があるランプしかつけられない」と物言いが付きました。少し色を落とす調整をした上で「非日常の旅には高揚感やおもてなしが必要です」と、粘り強く説得を重ねました。

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