大人のラム酒 一番搾りを長期熟成、割らずに香り堪能
ラム酒は不思議なお酒である。
日本ではラム酒というと「ダイキリ」や「モヒート」などのカクテルを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。あるいはお菓子の材料のラムレーズンか。左党にとっては「甘いものが好きな人のお酒でしょ?」というイメージで、あまり食指が動かないかもしれない。
一方で、ラム酒はワイルドな男の酒というイメージを持つ人もいる。映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」ではジョニー・デップ演じるジャック・スパロウはじめ海賊たちが水のごとく豪快にラム酒を飲むシーンがあったっけ(ラム酒のアルコール度数は40~75パーセントと高いのに)。この映画のヒットのおかげでラム酒は今世界的に消費量を伸ばしているといわれている。
このようにラム酒は「甘いカクテルに使われるお酒」と「海賊がガブ飲みする安酒」という両極端な「顔」を併せ持つ。
が、私は最近、さらにもう一つのラム酒の「顔」を知って、その奥深き世界にすっかり魅了されてしまった。
きっかけはスペイン語の短期留学で訪れた中米グアテマラ。ラム酒は西インド諸島が発祥といわれているが、カリブ海に面する中米もラム酒の一大産地。その理由は原材料であるサトウキビを栽培するのに適した気候であることが大きい。
ここに来る前、グアテマラ駐在経験のあるビジネスマンからこんなふうに言われた。「グアテマラには『サカパ・センテナリオ(Zacapa Centenario)』という最高級のロン(スペイン語でラム酒のこと)がありますよ。ぜひ楽しんできてください」
酒はその酒がつくられる国で飲むのが一番うまい。やはり気候や料理がその酒を飲むのに適しているからだろう。首都グアテマラシティから車で約1時間、語学学校が多い街として知られるアンティグアの街に到着するなり、私はさっそくラム酒専門のバーに足を運んだ。
サカパは首都グアテマラシティから北東約150キロにある街で、この街の生誕100周年を記念して作られた特別なラム酒だとバーテンダーが教えてくれた。なるほど「Centenario」は「100年祭」「100周年」を意味するスペイン語である。
サカパ・センテナリオは「23年」と「XO」の2種類があった。XOなんて最高級のコニャック(フランスのコニャック地方でつくられるブランデー)みたい! ラム酒はサトウキビで作った原酒を蒸留した後、樽に入れて熟成させる。「23年」は熟成期間23年の原酒を中心に「XO」は25年以上熟成させた原酒を中心にブレンドしたラム酒らしい。どれほど円熟味のあるラム酒なのだろうと期待が高まる。
値段は23年ものが日本円に換算して約900円、XOが約1350円とほかのラム酒の2倍も3倍もする。この国の物価を考えればかなり高い(天井なしのワインの値段を考えるとだいぶ安いともいえるのだが)。ちなみに私の語学学校への支払いは1日4時間マンツーマンレッスンで1週間約7700円、ホームステイは3食付きで1週間8400円だ。
旅行中はなにかと財布のひもがゆるくなる。迷うことなく「XO」を注文すると、バーテンダーは「飲み方はどうなさいますか?」と聞くことなく、細長いスピリッツ(蒸留酒)専用グラスにラム酒を注いでくれた。「水やソーダで割るのはもちろん、氷を入れるなんて無粋なことはよもやしないですよね? お客さま」といわんばかりである。
長い熟成期間を経たラム酒は濃い茶褐色で、日本でよく見ていた、カクテルに使う透明のラム酒とはまったく違っていた(色によるラム酒の分別は後ほど説明する)。ストレートのラム酒を口に含むと、これまた衝撃。まるでブランデーだ。
樽香とバニラのような甘い香り、そしてフルーツっぽい感じもする。カクテルに使うでもガブ飲みでもない、ラム酒そのものの深い味わいをゆっくりと楽しむ、ラム酒にはそんな「オトナの顔」がもうひとつあったことを知ったのであった。
こうして私はラム酒の奥深い世界にすっかりハマってしまったのである……。
と、話はこんなに単純ではない。
センテナリオXOはとてもおいしかった。が、その味は「樽の中で長期熟成したらこんな感じだろうな」という想定内でもあった。この味だったらブランデーでいいじゃないか、という気がしないでもない。
その本当の奥深さを知ったのは実は家に帰ってからである。グアテマラの空港でお土産として「センテナリオXO」と「23年」を購入し、自宅に着いた。スピリッツ専用グラスがないので、普通のガラスのコップに注いで飲む。うん、相変わらず高級ブランデーのような深い味わいだ。
ひと口飲んで、うっかり荷ほどきをするのに集中してしまった。20分くらいたったころだろうか、再びグラスに口をつけた。
「うわっ、なんだこれ。むちゃむちゃおいしい!」
アルコール独特のツンとした刺激がとれて、まるでメープルシロップのよう。でも味は甘くない。ワインはデキャンタージュして空気に触れされることで味が変わる。ラム酒もまたしかりなのだった。
店では飲み口の狭いスピリッツ専用グラスで空気に触れる部分が少なかったため、気がつかなかった。樽香とバニラ、フルーツの香りの後にメープルシロップの香りが控えていたことを。家では口が広く空気に触れる面積が大きいグラスを使ったことで、最後の香りが開いたのだった。
シロウトが専門店にモノ申し上げるのは気がひけるのだが、サカパ・センテナリオを飲むならスピリッツ専用グラスじゃなく、グラスの中でクルクルと「スワリング」できるワイングラスとかブランデーグラスがいいんじゃないだろうか(それとも、私の飲むペースが速くて、最後の香りが開くまでに飲み切ってしまったってこと?)。
ラム酒自体、「お酒の初心者がカクテルで楽しむ」「ワイルドに飲む」「オトナっぽく味わう」というまったく違った「顔」を持ち、さらに最高級ラム酒は1杯のグラスから「樽香」「スパイス」「フルーツ」「メープルシロップ」という複数の「顔」が現われる。なんと魅惑的なことか。
それにグラス一つでこんなに味が変わるなんてラム酒って、お酒の世界って本当におもしろい。と、ここで本当にラム酒の世界に魅了されてしまったのである。
さて、ラム酒にいろいろな「顔」があるのはなぜか。実は一口にラム酒といってもいろいろな種類があるからである。味も香りもまったく違うため、そのぶん飲み方も幅広いというわけだ。
まず、色による分類でいうと「ホワイト」「ゴールド」「ダーク」の3種類がある。樽で貯蔵したラム酒を活性炭などでろ過した無色透明のものが「ホワイト・ラム」。クセがないので、カクテルによく使われる。
ホワイトオークなどの樽で熟成、ろ過を施していないものは「ゴールド・ラム」。カラメルなどの着色料を添加しているものもある。
同じく樽で3年以上熟成させたものが「ダーク・ラム」。樽から独特の成分が出て、色は茶褐色で強い風味がある。サカパ・センテナリオはいわずもがなのダーク・ラムだ。また、ラムレーズンに使われるのもこのタイプである。
製法によっても違いがあり、サトウキビから砂糖を精製する際にできる副産物「廃糖蜜」を使ってできるものを「インダストリアル・ラム(工業ラム)」という。対して、サトウキビから砂糖を精製せずに、その絞り汁をそのまま原料としたのは「アグリコール・ラム(農業ラム)」。
廃糖蜜は貯蔵が可能なので、インダストリアル・ラムは1年中製造が可能である。一方、アグリコール・ラムの場合、サトウキビは刈り取ってすぐに発酵が進んでしまうため、栽培地の近くに工場がなくてはならず、酒の製造も収穫時期に合わせて行なわれる。その名の通り、農業のリズムにのっとった製法だ。
ラム酒の生産量のほとんどを占めるのはインダストリアル・ラムであり、アグリコール・ラムは全体のほんの3パーセント程度と非常に貴重なものだそうな。ガブ飲みするには値段が安い必要があるから、海賊が飲んでいたのはインダストリアル製法のホワイト・ラムかゴールド・ラムだったのだろう。
サカパ・センテナリオはもちろんアグリコール製法で作られている。廃糖蜜からではなく、「バージン・シュガーケイン・ハニー」というサトウキビの一番搾りだけを用いている。蒸留を終えた酒はケツァルテナンゴという海抜2300メートル超の街で、シェリー樽に入れてゆっくりと熟成させる。この2つのポイントがその深い味わいを生み出しているとのこと。
ちなみに私は留学期間中、氷をいっぱい入れてソーダで割ったゴールド・ラムをよく飲んでいた。ストレートでなめるように飲むダーク・ラムもおいしいのだけれど、赤道近くのグアテマラは暑いからガブ飲みしたいんだもん。この飲み方もまた気候に合ってウマい。
さて、サカパ・センテナリオ、実は日本でもネット通販などで購入できる。しかも、本場グアテマラで買うのとほとんど値段が変わらない(というか、むしろ安い)。そして、XOならずとも23年でも十分にその芳醇で複雑な香りを堪能できる。日本のお酒好きな読者のみなさまにもぜひ味わっていただきたい。
その際には口が広めのグラスを使い、よくクルクルさせて空気に触れさせることをお忘れなく!
(ライター 柏木珠希)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。
関連企業・業界