秋はサバ、抜群の脂のり 大衆魚から高級ブランド魚へ
目にはさやかに見えねども、必ずやってくるのが「秋」。秋、といえば食欲である。
秋がいかにうまいものであふれているか。その証拠のひとつが「秋ナスは嫁に食わすな」ということばだろう。
「秋に嫁に食わすな」と言われるものは他にもある。秋サバ、秋カマス、秋コノシロなども、嫁に食わすなグループの一員だ。こうなると旬のうまいものはすべからく「嫁に食わすな」ということになってしまいそうだが、いずれも秋になるとぐっと脂を蓄えおいしくなるものばかり。しかもこちらは体を冷やすようなことはないから、そのまんま、嫁の分も食べてしまいたいという欲張りな心の表れだろう。
特に秋サバなんてのは、人の分まで食べてしまいたいほどの狂おしい魅力がある。
南北に長い日本では1年中どこかでサバは獲れるし、最もまずいと言われる産卵期でもちゃんとおいしくいただける。が、やはり秋の声を聞いてからのサバはひと味違うように思える。
サバの季語は夏。しかし秋の季語「秋サバ」は別にあることから、昔から秋サバは格別と想う人が多かったのだろう。
ところでサバというと「大衆魚」とか「庶民の味方」というイメージがないだろうか。
サバはほぼ全国で食べられ、また各地にサバを使った名物料理が存在する。生で刺身に。塩と酢でシメサバに。握り寿司にもすれば、棒寿司にもなる。煮ても焼いても揚げても干物でも、どう転んでもうまい。肉の代わりにすき焼きにしたり、船場汁など汁物にもよし。さらに加工してサバ節にすれば、カツオ節とは違う旨味に「これでなくては」と指名買いがくる。
これほど多くのバリエーションが存在することが、古くから愛されてきた証のようなものだ。
例えばオフィス街の昼時によく出くわす、夜は居酒屋・昼は定食を出すような店の、そう高くない焼き魚定食の定番といえば塩サバで決まりだろう。脂のりのりの塩サバを、こんがり焦げ目も愛おしく焼き上げた定食は、焼き魚定食の王様だ。
ぷすぷすと音を立てる焼きたてのサバ、冷たい大根おろし、熱々のご飯に漬物、お味噌汁。ああ~たまらない。あと100円プラスすればサワラが選べ、あと200円追加すれば銀ダラの味噌漬けが選べたとしても、サバでなくてはならない昼がある。サバでなくてはおさまらないお腹があるのだ。
しかしサバはすでに「安くてうまい大衆魚」ではなくなっていることにお気づきだろうか。
うまいことに変わりはないが、昔と今では値段が違う。かつて大量に獲れた日本近海のマサバとゴマサバは、70年代後半をピークに漁獲量が激減したため、今や大きなサイズはレアアイテムとなってしまった。市場に出回るのは小さなサイズばかりだ。自分で買い物をする人は、店頭で売られているサバの小ささに驚いたことはないだろうか。
サバに限った話ではないが、安く売られているものは脂ものらない若いもので、まともなサイズは信じられないほどの高値がつくのが現状だ。
一方、味も大きさも値段も比較的安定しているのが、輸入のタイセイヨウサバだ。上記の安い塩サバ定食も、加工品として出回っているシメサバや干物も、多くがタイセイヨウサバを使用している。
なぜか? それこそ「安くてうまい大衆魚」だからだ。イマドキの輸入魚は安かろうまずかろうではない。タイセイヨウサバは脂ののりも文句なく、和食に加工しても何の問題もない。
とはいえ日本のサバも、指をくわえているだけではない。
各地で著しいのが、サバのブランド化だ。サバが獲れないのなら、一匹一匹のバリューを高めればいい。嚆矢となった関サバの成功に続けとばかり、金華サバや松輪サバなど各地で様々なブランドサバが名乗りを上げている。
またサバは養殖も盛んで、大成功を収めている養殖ブランドサバもある。
例えば長崎ハーブ鯖もそのひとつだ。去年「今朝まで台風が猛威を振るっていた」という長崎へ行ったことがあった。飛行機が飛ぶかどうかと危ぶまれたほどの日だ。当然のごとく海は荒れ、一応行われた市場のセリはあまりに魚がないため3分で終わったという。
ところが夜の懇親会には、ちゃんと見栄えのいい刺身の盛り合わせがあった。しかも鮮度が命のサバの刺身まで盛られていたのだ。このカラクリはどうしたことかと地元の人に尋ねると、実は長崎ハーブ鯖という養殖サバを使ったとのこと。
なるほど、と思わず膝を打った。サバの刺身は実においしかったし、これが安定供給できるのであれば大変価値があることだと納得したのである。
ところでみなさんは、サバをどう食べるのが好きだろうか。
塩焼き、竜田揚げ、煮付けや味噌煮、カレーに鍋にコンフィに。房総名物さんが焼きをさらにほぐしてふりかけ状にした「さんがら」も、実家ではよくサバで作ったものだ。
しかし私的サバ料理の王様はシメサバである。関西では「きずし」と呼ばれるシメサバが、メニューにあって頼まないことは絶対ないし、いいサバと出合った時は自分でも作る。私の好みは塩でしっかり殺し、酢は浅め。しめる時にカボスの果汁をたっぷり加え、しょっぱすぎず、酸っぱすぎず、絶妙な塩梅に仕上がれば小躍りしたくなる。
もちろんシメサバを使った鯖寿司も大好物。趣味のデパ地下散策をしている時に鯖寿司に出くわせば、買って帰らないことはまずないし、趣味のデパートチラシを検索している時に「鯖寿司」の文字が見えれば、つい電車に乗って買いに行ってしまう。特に鬼鯖と虎鯖には目がない。
先日も八戸ニューシティホテルの虎鯖寿司を買いに行った。
買い物のあと料理長にサバについてあれこれ伺っていると「今買ったのと食べ比べてみて」と作ったばかりの鯖寿司を手渡された。片方はサバが冷凍で、もう一方は届いたばかりの生だという。さてどちらの方がおいしかったかわかるだろうか。
当然、生の方がおいしい…という単純な話ではなかった。生は本当においしい。だが冷凍の方も文句なくおいしかったからだ。さらに鯖寿司にしてからの時間も影響した。
シメサバだけ食べたら生の方に軍配が上がったかもしれない、しかし寿司は米と魚のハーモニーだ。冷凍の方は寿司にしてから少し時間が経っているためしっとりと馴染み、鯖寿司として完璧な一体感があった。一方生の方は作りたてだったせいか、若さゆえの過ちのような青さがほんの少し感じられた。味を決めるのはひとつの要素だけではない、ということだろう。
サバのイキグサレという言葉があるほど鮮度が落ちやすいサバだが、近年は流通の発達により、比較的どこでも新鮮なものが入手できるようになった。かつて山間部で祭事等に使われていたサバは「海にいる時より陸にいる方が長い」と笑われるほど、しょっぱくて乾燥しているものだったが、今ではどんな海なし県でもちゃんとしたシメサバに出合えたりする。
今後、日本近海のマサバ、ゴマサバの資源が回復するかどうかはわからない。輸入や養殖で需要をまかないきれるのかどうかも定かではない。だが、できれば毎年秋に「ああうまい」と感動するほどのサバを味わいたいものだ。
さて、今年はどうだ。
(食ライター じろまるいずみ)
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