グルメクラブ powered by 大人のレストランガイド

食の達人コラム

アイリッシュコーヒー ウイスキーとコーヒーの出合い 世界5大ウイスキーの一角・ジャパニーズ(6)

2017/9/8

 ダブリンを出てコークに到着したのは8時過ぎだった。町の夜景は美しかった。町はすり鉢状で、三方が斜面になっており、はるか上の方まで家が密集していた。評価が高まる国産ウイスキーへと至るウイスキーの歴史と魅力をひもとく本連載、今回もアイリッシュの物語から……。

 すり鉢の底を流れて、海に注いでいるのがリー川だ。町の照明が眩かった。リー川沿いの石畳の通りにはしゃれたレストランやパブが密集していた。産業革命で発展した町だが、工業都市然とした感じがあまりなく町全体がカラフルで、建物もフランス風をはじめ、様々なスタイルのものがあった。

 食事を済ませてタクシーですり鉢の底から上がってくると眺望が開け、町全体が見渡せたが、海は見えなかった。吹き渡る風がスコットランドより心持ち温かく、気分が軽やかになった。

アイルランドのリー川=PIXTA

 アイルランドを訪れると感じるこの軽やかな楽しさ・心地良さ、包み込まれるような安心感。それがどこから来るのか調べたことがあった。この国にはたくさんの妖精がいるのだ。

 キリスト教が伝わる前、この国に住んでいたケルト人たちは、他の地域のケルト人同様、ドルイド教に帰依し、自然界にある全てのものに精霊が宿っていると信じていた。この宗教観がこの国に妖精の存在を感じる感性をもたらした。

 スコットランドもケルト人の国であったが、12世紀以来のノルマン王朝との交流とともにケルトの気質が薄くなっていったと言われている。アイルランドで発達したキリスト教は、ドルイド教を包含していると言われており、その分神秘性の高いケルト文化が残ったのだろう。

ダブリンの古い路地 妖精のささやきが聞こえてくるような錯覚におそわれる=PIXTA

 いい年をした大人が妖精のことを語るのは変な感じだが、この国にはそれを恥ずかしいと思わせない特別な空気が流れている。パブのカウンターの上に、路地を一歩入ったところに、確かに気配を感じてしまうのだ。

 気配は奇怪なもの、険しいものではなく、包み込まれるような温かさである。飲んでいる時の方が感性が鋭くなり、より妖精の存在を感じられるようになる。そして、酔いとともにここにも、そこにも、あちらにもとどんどん数が増えて行く。この妖精との遭遇体験によって、アイルランドに深く魅入られる人々も多いらしい。この国で飲むお酒はそういう意味で特別な感懐をもたらす。

 アイルランドなまりの英語は、国民性と同じく柔らかい。モーニングコールは女性スタッフのそんな声だった。今日はアイリッシュウイスキーの聖地、ミドルトン蒸溜所に行くのだ、と胸が高鳴った。

ダブリンのアイリッシュパブ=PIXTA

 前回、アイリッシュウイスキー業界が存亡の淵まで追い詰められた直接的な原因を、1920年からのアメリカ禁酒法、1922年の大英帝国市場からの締め出し、と述べたが、実はアイルランドは国内でも大きな難問を抱えていた。大英帝国市場からの締め出しの原因となったアイルランドの独立運動の激化である。

 この当時、大英帝国との関係、アイルランドの独立の仕方などで立場の違うアイルランド人同士が反目し合い、また武装蜂起も度々起きた。その中で1922年にはアイルランド南部26州がイギリス国王を元首とする自治領(ドミニオン)アイルランド自由国として分離した。1937年にはアイルランド憲法が公布され、国名をエールへ変更した。そして、1949年には共和制国家アイルランドの成立が宣言され、英連邦から離脱した。

グルメクラブ新着記事

ALL CHANNEL