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孫子の「商法」

500円ピザの「敗因」 激安に頼る経営心理

2017/7/18

500円から食べられるピザ店は話題を集めた

 かっぱ寿司の「食べ放題」が話題を集めました。店舗・曜日限定ですが、男性1580円、女性1380円(ともに税別)で70分間食べ放題なのだとか。10皿も食べられない私は最初から興味がありませんが、食欲旺盛な若い衆は、すでに体験済みの一人を質問攻めにしています。「どこでやっているの?」「何時間待つの?」「何皿食べられた?」。彼らの表情は真剣そのもの。そんな彼らの若さをまぶしく感じながら、私は別のことを考えていました。「かっぱ寿司、これでもうかるのかな?」と。

 まずは聞くところによれば回転寿司なのに「回転が悪い」ようです。3~4時間待ちは当たり前のようで、これではあきらめて帰る客も多そう。これでどれだけ売り上げが増えるか疑問です。あとは食欲旺盛な若者が食べまくった場合、原価がかさんで利益が出るかも心配です。ここのところ業績不振が続くかっぱ寿司だけに、話題をつくって、業績を上向かせたい気持ちは分かりますが、そううまくいきますかどうか。

 若い仲間に聞いたレストランネタをもうひとつ。「500円ピザ」の店を経営する会社が行き詰まり、店が閉店したそうです。私は全く興味がありませんでしたが、若者の間ではかなり有名だった500円ピザ。系列の店では、コース料理に飲み放題が付いて3000円以下で飲めたそうです。確かに安い。若者に人気だったのもうなずけます。

 この「500円ピザ」を経営する遠藤商事ホールディングスは2011年に最初の店を開店以来、6年ほどで直営・フランチャイズ合わせて74店まで拡大させたものの、負債13億円を抱えて東京地裁から破産開始決定を受けたと伝えられています。

 これは飲食業に限らない話ですが、今のようにライバルひしめく時代に、商売をうまく続けることは簡単ではありません。まずは注目してもらうこと。次に売り上げを上げること。そして最後にもうけ(利益)を出すこと。このすべてをクリアしないと商売が続けられません。

■「500円ピザ」はどこで選択を誤ったのか

 たとえば「食べ放題」といった話題をぶちあげれば注目を集めることができます。しかしそれで売り上げが増えるかどうかは話が別。

 「500円ピザ」のように、競合と比べた安さを前面に打ち出せば、売り上げを増やすことができます。しかしそれで利益が増えるかといえば、これまた話が別です。

 結局、話題をつくり、売り上げを稼いだうえで、「利益」を出せるかどうか。ここが勝負なのです。

 多くの商売人が「売り上げ」ばかりに注目して商売をしています。おそらく500円ピザの経営者は「店を増やしてももうけが出ない」という現実に直面して、「まだ売り上げが足りない」と思ったのでしょう。だから借金してでも店舗を増やし、「もっと売り上げを」と求めてしまったように見えます。

 この店の問題は「売り上げが足りない」ことではありません。きっと「500円」というピザの価格が安すぎたのです。販売価格を再考すべきなのに、それをせず、安いまま拡大に頼ったところに落とし穴がありました。

 この500円ピザの失敗には、すべての商売を行う者が肝に銘じておきたい教訓が含まれています。それは「どれだけ売り上げが増えても、利益が出なかったら商売はつぶれる」ということです。

 孫子の兵法にいわく、「戦勝攻取してその功を修めざるは凶なり。命づけて費留という」。この一節を改めて「商売」の文脈でとらえ直しておきましょう。

 もともと「敵を攻め破り、敵城を奪取しても、大きな戦争目的を達成できなければ失敗である。これを骨折り損のくたびれもうけという」という意味ですが、商売においてはこう言い換えておきましょう。

 「売り上げ増加しても利益が増えざるは凶なり。命づけて費留という」

 目先の売り上げが増えればもうかった気になりますが、それだけではだめです。コストを引いたうえでちゃんと利益が出ていなければ、商売は続けられません。話題づくりに終わらず、売上増にも終わらず、利益を出しつつ「長く商売を続ける」のが孫子の商法です。

「俺のフレンチ」にはオープン当初、行列ができた(東京・銀座)

■「原価率300%」の料理を「俺の」が提供できる理由

 そんなことを踏まえ、私が感心した事例を一つ紹介しましょう。

 立ち食いイタリアン・フレンチで話題になったレストラン運営会社の「俺の」。社長の坂本孝社長は「一流レストランの味を立ち食いで楽しむ」という新しいスタイルを提案しました。

 大阪出店にあたって看板メニュー「活きあわびと生うにのゼリー寄せキャビア添え」を用意、皆が驚いたのは、このメニューは「原価率300%」と発表されたことです。原価率300%ということは、売価1000円に対して原価3000円。1皿売るたびに2000円の損が出ることになります。

 「そんな、バカな!」

 公認会計士の私は我が耳を疑いました。しかし、それはまぎれもない事実だったのです。ただしこのメニューが提供されるのは、1日20食限定でした。ということは1日の損は4万円(2000円×20食)にとどまります。1カ月間フルに営業したとしても120万円の損。月に120万円の赤字。その実態は「広告宣伝費」であると私は思うのです。

 実際、この「原価率300%」メニューが発表されるやいなや、マスコミに大々的に取り上げられました。それを聞いたお客さんはわんさとお店にやってきます。そして原価率300%メニューを頼み、写真を撮って交流サイト(SNS)に「食べたよ~」とつぶやきます。ここまでを考えれば、なんと安い広告宣伝費でしょう。

 この作戦は「食べ放題」と違って、ほかのメニューではきちんともうけています。「500円ピザ」と違って、赤字メニューは1日20食限定なので、注文を受けるたびに赤字が積み重なっていくということはありません。口コミをうまく活用して「話題をつくり、売り上げをアップし、もうけを出す」という上手な戦略といえましょう。

 私がはじめて「俺の」のイタリアンを訪れたとき、ウエイターから「原価率の高いメニューを選んでくださいね」と言われ、仰天した記憶があります。レストランでは原価率を隠すのが普通であり、客に教えることなどまずありえません。その逆に「このメニュー、原価率高いんですよ、ぜひ!」というおすすめは、生まれて初めての経験でした。まだ未経験の皆様、この店でどんな奇襲が飛び出すか、ぜひ一度足を運んでみてください。

「孫子の『商法』」は火曜更新です。次回は2017年7月25日の予定です。

田中靖浩
 田中公認会計士事務所所長。1963年三重県出身。早稲田大学商学部卒。「笑いの取れる会計士」としてセミナー講師や執筆を行う一方、落語家・講談師とのコラボイベントも手がける。著書に「良い値決め 悪い値決め」「米軍式 人を動かすマネジメント」など

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