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都議選圧勝の背景にも孫子の兵法がうかがえる

都議選圧勝の背景にも孫子の兵法がうかがえる

この連載を始めてから何人もの知人に言われました。「小池百合子東京都知事って、孫子の愛読者らしいよ」。半信半疑でしたが、某雑誌の記事を読んだところ、ご自身の言葉で「孫子の兵法を参考にしている」とのコメントがあるじゃありませんか!

自民党の歴史的な惨敗と「都民ファーストの会」の圧勝――。7月2日の東京都議選は小池都知事の「まさか!」の大勝利で終わりました。ご自身の都知事選勝利、そして、今回の都議選圧勝の裏には小池流・孫子の兵法があったようです。

相手は天下の自民党。その巨大な敵と戦ううえで、小池都知事が孫子の兵法を参考にしたと聞いて、「なるほどなあ」と思いました。

孫子いわく、「昔の善(よ)く戦う者は、先(ま)ず勝つべからざるをなして、以(も)って敵の勝つべきを待つ」。昔の戦(いくさ)上手は、まず自軍の態勢を固めてから、じっくり敵が崩れるのを待つ。これは自民党の度重なるスキャンダルに乗じて勝利した小池戦法をほうふつとさせます。

さらに孫子いわく「兵の形は実を避けて虚を撃つ」。充実した敵とぶつかるのはできるだけ避け、相手の手薄をつくべきである。これまた今回の都議選で、自民党に対する反対票を取り込んだことに重なります。

反自民票を取り込む狙いもあって、自民党とは異なるイメージを前面に打ちしました。たとえば女性候補を増やすとか、若い候補者を増やすとか。フレッシュな緑色のイメージカラー、そして聞こえのよい「都民ファースト」のネーミング。それらはすべて「自民党の手薄な浮動票」を獲得するうえでとても効果的でした。

それにしても女性の小池都知事が「孫子の兵法」を参考にしていたとは、意外な印象を持つ方が多いのではないでしょうか。実は私は以前から「孫子の兵法」は女性向きだと思っていました。強敵・自民党と戦う小池都知事だけでなく、「孫子の兵法」は世のすべての女性が知っておくべき古典ではないかとも考えます。

「兵法」という言葉から、女性が敬遠しがちなのはよくわかります。しかし、この古典は、たとえば「古き良き大企業」にお勤めの女性にこそ読んでもらいたいのです。なぜなら、こうした企業には「強さ」を重んじる男性的な発想で成長したところが少なくないからです。

どちらかというと孫子は「弱者向き」の面を持っているように思います。強者なら力のゴリ押しで勝てることもありますが、必ずしも強者ではない者はそれではだめ。しなやかに、かつしたたかに戦わねば勝利はおぼつきません。そんな立場にある者の戦略に孫子は重要なヒントをくれます。

戦争をテーマにした孫子の兵法には、理想や感情を排した「徹底的にクールで現実的」な姿勢があります。人は死んだら生き返らない。だから、正々堂々と勝つことより、ずるくても生き残りを考えたほうがいい。そんな孫子の姿勢は、「兵は詭道(きどう)なり」という言葉に表れます。これはズバリ、「戦争はだまし合いである」という意味。そんな「兵は詭道なり」の精神は、「大きな組織で働く女性たち」にとって大いに参考になると思うのです。

先に断っておきますが、ここでいう男・女とは必ずしも生物的な男女を意味しません。世間にはやさしい気遣いのできる男性もいますし、部下を罵倒する女性経営者・政治家もいます。ここでの男女はあくまで性別とは関係のない、いわゆる「男性的気質・女性的気質」と理解してください。

色を関連付けたイメージ戦略も「小池流選挙術」として浸透してきた

色を関連付けたイメージ戦略も「小池流選挙術」として浸透してきた

米国でベストセラーになった「ビジネス・ゲーム」(ベティ・L・ハラガン著、福沢恵子・水野谷悦子共訳、光文社知恵の森文庫)という本があります。著者の米国人女性は企業で働いた経験をもとにこの本を書きました。著者は言います。「ビジネスとはゲームである、よってゲームのルールを知らなければ勝つことができない」と。ビジネスにおけるルールは軍隊組織をもとにしており、女性たちはそれを知らないか、あるいは慣れていないのだとも説いています。

ここでいう軍隊的なルールの典型が、ピラミッド組織を前提にした「命令は上から下へ発せられる」、そして「命令は直属の上司から部下へ発せられる」というもの。こういった組織において「直属の上司の命令は絶対」になります。

たとえ仕事ができない上司、尊敬できない上司であろうが、その人が「直属の上司」である限りは命令に服さないといけない、これが軍隊および、こういった社風を持つ企業のルールなのです。善しあしの話ではありません。それが現実だというお話です。

「だめ上司の上役に直訴」はどこがいけない?

世のなかには、このような「直属の上司に服従」という基本ルールを守ることができない女性がいます。私は個人的に女子孫子勉強会という勉強会の講師をしていますが、そこの女性たちの話を聞くと、まあ皆さん、地雷をガンガンに踏んでいらっしゃるご様子。

「直属の上司(この場合は男性)を飛び越えて、その上の上司に直訴しました」

「直属の上司(同)が頼りにならないから、隣の部の上司に頼んだんですよ」

だめですって、そんなことしちゃ。「直属の上司は怒って口きいてくれません」って、それは当たり前ですよ。

ビジネスというゲームにおいて「直属の上司に服従」がルールであるなら、それには逆らわないほうがいい。直訴や領空侵犯をして、上司に対決を挑むのは孫子的ではありません。「実を避けて虚を撃つ」の精神で、まずは上司のこだわりを知ることから始めましょう。

個人差もあるので、よく上司を観察すること。いつも「筋が通らない!」と怒る上司については、その人が重んじる「筋」とは何なのか、そこを読み切って尊重してみましょう。それだけで上司はあなたの言い分を、少しは聞いてくれるようになるかもしれません。直属の上司を味方に付ける。これが孫子的な戦法です。

さて、今回の小池都知事の圧勝に話を戻しましょう。メディアでは「小池チルドレン」という名称が用いられていましたが、これが少々心配です。かつての小泉チルドレンも小沢チルドレンもそうでしたが、圧勝の次の選挙ではボロ負けしています。1回の選挙に勝つだけではだめです。

私たちの願いは東京が、そしてこの日本が、安心で住みやすい国になることです。孫子の兵法にいわく、「戦勝攻取してその功を修めざるは凶なり。命づけて費留という」。敵を攻め破り、敵城を奪取しても、大きな戦争目的を達成できなければ失敗である。これは骨折り損のくたびれもうけだという意味です。

孫子を愛読している小池都知事はもちろんこの一節をご存じでしょうから、選挙の勝利が「凶」に終わらぬよう、頑張ってくれるでしょう。それを応援するとともに、私たちも「直属の上司」「夫婦・恋愛の相手方」に戦いを挑むのではなく、大きな平和を目指すことにしましょう。目先の勝利より長く続く笑顔と平和こそ大切なのですから。

「孫子の『商法』」は火曜更新です。次回は2017年7月18日の予定です。

田中靖浩
 田中公認会計士事務所所長。1963年三重県出身。早稲田大学商学部卒。「笑いの取れる会計士」としてセミナー講師や執筆を行う一方、落語家・講談師とのコラボイベントも手がける。著書に「良い値決め 悪い値決め」「米軍式 人を動かすマネジメント」など

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