赤身の和牛をおいしく食べる 短角牛の選び方、調理法
高級肉の代名詞ともいえる「和牛」。びっしりと細かい脂肪が入った「霜降り」が高い人気を集めてきたが、近年、高齢化、健康志向に沿うかのように、赤身肉の人気が高まってきている。特に注目されているのが「短角牛」だ。
和牛とは、明治時代以前から日本で飼われていた在来種をもとに交配・改良した食用の家畜牛で、主に黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4品種がある。
その中で最も生産量が多いのが黒毛和牛で、日本全国で飼育され、但馬牛や神戸牛、松阪牛など、人気銘柄の多くが黒毛和牛だ。
近畿、中国地方をルーツに持つ使役牛で、明治時代に改良され、昭和に入ってから日本固有の肉用種に認定された。脂の融点が低く、赤身部分にも細かな霜降りがあるため、口の中でとろけるような脂の風味と軟らかな食感が特徴だ。
一方短角牛は、赤身が特徴。霜降りが少ないにもかかわらず、風味は豊かだ。東北地方の使役牛、南部牛をベースにショートホーン(短角)種を交配して作られた。
赤身の肉用種というと、全身筋肉質の「マッチョ」な牛を想像しがちだが、必ずしもそうではない。赤身部分に脂肪が交雑しにくい、つまり赤身と脂肪がしっかり分かれている肉、というと分かりやすいだろう。下処理段階で脂肪をそぎ落として食用にされる。
ちなみに「A5」などの牛肉の格付けは、食肉処理の際の肉の歩留まり率の高さ(ABCのうち、最も歩留まりのいい肉がA)と、脂肪の色や質と霜降り具合、肉全体の色合い、しまり具合(1~5のうち、最も霜降りが多くて色つやが良く、しまりのいい肉が5)で決まる。うまみ成分の含有量は、等級の基準にはなっていない。
そのため、脂身をそぎ落とすため肉の歩留まり率が低く、霜降りも少ない短角牛は、そもそも等級が高くなりにくい。短角牛など赤身肉は、等級からだけでは、味の良しあしを判断しにくいのだ。
では、短角牛など赤身が売り物のブランド肉を選ぶポイントはどこにあるのか? 短角牛の地元・岩手県岩手町にある精肉店「肉のふがね」で話を聞いた。
最もシンプルな見分け方は「肉の色」だ。赤身肉は、その名の通り、肉の赤さが鮮やかなものほどおいしいという。逆に霜降り肉は、やや白みがかったものがおいしいのだそうだ。また、霜降りの脂の「白い筋」は細い方がベターとのこと。
そして脂肪の色。短角牛のような赤身がおいしい肉は、脂肪の融点が高く、やや黄色みがあるという。一方、霜降り肉はより白い脂身がおいしさの基準だという。
「実験してみましょう」と短角牛と黒毛和牛、同じ部位の脂身をそぎ取り、同じようにフライパンで加熱してみた。
一目瞭然で、上の短角牛はなかなか脂身が溶け出さないのに対し、下の黒毛和牛は、熱を加えるとすぐに脂が溶け出し、肉の表面が光ってきた。時間がたつと、脂はどんどん液体になっていった。
このように赤身の中に入り込んだ融点の低い脂肪が、加熱することで溶け出し、それが「口溶け」「歯触り」「食味」を良くするのが霜降り肉なのだ。では、脂身が少ないのに、なぜ短角牛はおいしいのだろうか。
そのポイントは、アミノ酸にある。
「グルタミン酸」「イノシン酸」はうまみの成分として知られるが、短角牛はこうしたアミノ酸の含有量が多いのだ。黒毛和牛が、脂身の「とろける食感」を楽しむのに対し、短角牛は「噛みしめる味わい」がセールスポイントになる。
そしてもうひとつ、短角牛の特徴といえるのが放牧だ。
盛岡市、二戸市、山形村(現久慈市)、岩泉町など産地によって、あるいは生産者によってそれぞれやり方は異なるものの、いずれも豊富な牧草に恵まれた草原での放牧を肥育に取り入れている。
厳重な衛生管理の下、エサも生活環境も自然の状態に近づけることで、理想的な肉質を作り出した。
では、どう調理すれば、赤身の短角牛をよりおいしく食べられるのだろうか。
東京・中目黒で、短角牛を取り入れたメニューで人気の「安穏 戊」におじゃまして、特別に「短角牛づくし」のコースを作っていただいた。
「先付け」は短角牛の和風ローストビーフ。表面を手早くあぶった後、炊飯器の保温モードでゆっくり加熱した。短角牛ながら、溶けて流れ出ずにわずかに残った脂が味わえる。しょうゆ、酢、酒、みりんを合わせ、刻んだニラとネギを加えたたれは香り高く、脂のくどさを感じさせない。
「椀物」は、短角牛節と昆布のだしのすまし汁。短角牛節とは「肉のふがね」が、静岡県西伊豆町の「カネサ鰹節店」とコラボして試作した、いわば「短角牛の鰹節」。肉を適度な大きさに切ってボイルした後、西伊豆ならではの「手火山式焙乾製法」で5~6回燻し乾かして作った。
昆布だしの中にうっすらとコンソメの風味がするすまし汁が、いかにも和風の味わい。肉の味にもかかわらず、前に出ず、かつおだしとの「合わせだし」同様、昆布だしと協調している点がポイントだ。肉の下には豆腐が隠れていて、短角牛のあっさり感をさらに引き立てている。
「蒸物」は、短角牛テールの茶碗蒸し。テールスープの茶碗蒸しだ。脂が強い肉ではくどくなるが、短角牛だからこそ成り立つ洋と和のコラボレーション。すまし汁から一転、しっかりとした牛肉味が際立っていた。
椀物と蒸物の2品は、いわば「変化球」だが「焼物」の短角牛の昆布ジメ焼きは、本格派の速球ストレートだ。
霜降り肉が噛んだ瞬間に溶けた脂とともに肉汁が口の中にあふれ出るのに対し、赤身の短角牛は「噛みしめる」とうまみが出てくるもの。それはすなわち、噛んだ瞬間のインパクトは、霜降り肉にはかなわないということになる。
そこで「安穏 戊」の伊藤勝料理長がとった作戦は、昆布ジメ。富山などで白身の淡泊な魚を昆布で包んで寝かせ、昆布ならではの味わいをなじませる手法を短角牛に取り入れた。口に入れた瞬間のインパクトを昆布の風味が補う。
そして何より強力だったのが、青トウガラシと麹、しょうゆでつくった「麹南蛮」のたれ。たれの味そのものにパンチがあるのはもちろんだが、それは肉の味を消してしまうようなものではなく、噛みしめる肉のうまみをさらに倍加させる。
「煮物」は短角牛の治部煮。煮物に牛肉を使うと、すき焼きに代表されるように、豆腐やしらたきといった淡泊な味わいの食材が、一気に牛肉色に染められるものだが、鉢に同居した食材がそれぞれ、しっかりと自身の魅力を主張していた。
シイタケの強いうまみ、そしてニンジンの柔らかい甘さ、もちろん短角牛も…。
真っ先に、ほかをおしのけるように前に出てくる霜降り肉とは違い、噛みしめてゆっくりと前に出てくる短角牛ならではの味わいが、様々な食材との絶妙の競演を繰り広げる。
シメの「御飯物」は短角牛のひつまぶし仕立て。味付きの焼いた短角牛を、シンプルにご飯とともに、次にわさびを加えて、最後にだしをかけて…少しずつ味を変えながら楽しむ。
脂が少ない分、肉以外の食材を受け止めやすく、調理法の幅が広がるのが短角牛の魅力と言える。
ほかにも、生ハムなど、赤身がおいしい牛肉料理は多い。「肉のふがね」の商品には、毎年、京王百貨店の駅弁大会でも人気の「短角牛やわらか煮弁当」もある。ほろほろになるまで煮込んでもおいしい。
生産量が少ないため、どこでも簡単に手に入る肉ではないが、都内でも、岩手県のアンテナショップや岩手県産食材を使う店、岩手県の催事販売などでよく見かけるようになった。
カロリーは気になるが、肉のおいしさにはとことんこだわりたい…そんなあなたにおすすめの短角牛だ。
(渡辺智哉)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。