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「聖夜にチキン」実は独創 和魂洋才の八分目経営(1) 日本ケンタッキー・フライド・チキン元社長 大河原毅氏

2017/1/6

すかいらーくなど外食1号店が誕生した1970年。外食元年と呼ばれたその年に日米の巨大企業の合弁会社として産声を上げた日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)。創業時のメンバーとして大日本印刷から転職し、大失敗を喫した1号店の店長を務め、後に3代目社長となったのが大河原毅氏だった。クリスマスにチキンを食べる習慣を日本に根付かせたアイデアマン。国産鶏にこだわり続けた頑固な一面も併せ持つ。

ケンタッキーの店舗が100店にいくかいかないかの73年12月のころです。東京・青山の店舗近くのミッション系幼稚園からこんな相談を受けました。「(小柄な)尼さんばかりなのでクリスマス会のサンタクロース役がいません。フライドチキンを買うのでサンタに扮装(ふんそう)してくれませんか」

お安い御用です。会場に入って「メリークリスマス!」。幼稚園児は大喜び。慣れない踊りも場を盛り上げました。次第にいろいろな学校から注文が入り、今では「ケンタッキーでクリスマス」はすっかり定着しました。本場の米国ではこの時期、お店は閑古鳥が鳴き、店を開けないところもあります。クリスマスと言えば七面鳥ですから。

ユニークな営業活動をテレビ局も見逃さなかった。

数年してテレビ局から取材がありました。リポーターが「アメリカでもこの時期には皆さんフライドチキンを食べるのですか」と聞いてきました。この時、私は胸を張ってこう答えたのです。「はい。その通りです。これはアメリカの風習です!」。意識して嘘を言ったのは後にも先にもこの時だけです。これがきっかけで爆発的なブームとなったのです。

ただ、ブームになったとはいえパーティーにフライドチキンだけでは物足りません。ある晩、寝床でひらめいたのが「パーティバーレル」と呼ぶコンボです。樽(たる)の容器の底にアイスクリーム、その上にサラダ、そして断熱の発泡スチロールを入れてフライドチキン、最上にポテトを置くのです。この順番ならアイスは溶けないし、サラダは新鮮なままです。

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