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エイチ・アイ・エス(HIS、当時はインターナショナルツアーズ)設立の翌1981年には年商3億円弱に急成長した。

創業から15年で店頭公開を果たした(前列右から2人目)

創業から15年で店頭公開を果たした(前列右から2人目)

いつの時代にも好奇心が旺盛な若者はいます。そんな若者たちが当社の格安航空券を買ってくれました。お金をそれほど持たずに海外に飛び出し、あちこち旅行して感動して戻ってくるのです。「大手旅行会社の半額で海外に行けた」と喜んで友人に自慢し、格安航空券を薦めてくれました。口コミでお客さんが増え、1年もすると「この商売は伸びる」との確信を得ることができました。

東京・新宿西口の事務所にはドイツ留学時代に知り合った旅好きたちが訪ねてきてはお茶を飲み、時間を潰していました。日本中の旅好きが集う「梁山泊」のような雰囲気で、格安航空券を買ってくれたお客さんが社員になることもしばしばでした。

創業期を支えたメンバーは全員が旅好きでした。行方一正相談役は新婚旅行で世界一周したり、06年に亡くなった五町孝弘元常務はシベリア旅行したりしていました。会社立ち上げメンバーが去ってしまうと今度はドイツ帰国途中に立ち寄った英国で知り合った女性が会社を支えてくれました。後に私の妻となるまゆみです。

創業当初は最低でも15カ国は旅していないと、採用しませんでした。旅に魅了された若者がそのまま社員になり旅の楽しさをお客さんに伝えて、格安航空券を販売するというビジネスモデルが確立されました。

実際に現地を旅行して得た生の情報をお客さんに伝えるスタイルも若者の支持を集めた理由でした。「インド自由旅行」という企画では、私が数カ月かけて旅行したインド旅行の経験をお客さんに紹介しました。格安航空券の販売と一緒に、お客さん向けに手作りの説明会も開くのです。私が撮影したインドの風景を見せながら、「安宿の飲み水には注意しよう」といった実践的な旅のノウハウを伝授しました。

89年には年商が163億円まで増え、93年には500億円を突破。95年に店頭公開を果たす。

80年代初頭の海外旅行者は400万人でした。しかし私は90年頃には1000万人時代が必ず来ると予測していました。海外旅行が身近な時代が来るのならば、欧米に比べて高すぎる航空券も「もっと安く身近に」というニーズは増えるに違いありません。実際、航空券は高すぎました。特にインドや中国に格安で行ける航空券は大手旅行会社は扱っていませんでした。必然的にニーズは当社に集中しました。円高も味方してくれました。

海外には世界最大規模の200店超の支店を出し、旅行者へのサービスを充実させました。05年には海外旅行の取扱人数で国内トップ、11年には単月の海外旅行取扱高で国内最大の旅行会社に育ちました。

[日経産業新聞2016年1月13日付]

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