通じなかった垂直型伝道~戦略大転換「日本人に順応」若桑みどり著「クアトロ・ラガッツィ」(2)

一橋大学大学院教授 楠木建氏

一橋大学大学院教授 楠木建氏

日本に乗り込んできたイエズス会がとった布教戦略は「垂直型伝道」でした。宣教師が町へ赴き大衆に辻説法をしてボトムアップで信者を増やしていく(水平型伝道)のではなく、イエズス会はまず社会の上層部に働きかけました。指導者層を説得して改宗させたのちに、彼らの影響力をテコにして庶民へと信者を増やしていく。これが垂直型伝道の戦略です。

一橋大学大学院教授 楠木建氏

ヨーロッパでは伝統的にこの垂直型伝道が効果的でした。なぜならこの時代、絶対君主制が確立し、君主を中心にしたトップダウンの社会制度が機能していたからです。垂直型伝道はイエズス会の基本戦略として長いこと採用されていました。

しかし、日本ではまるで事情が違いました。群雄割拠の戦国時代にあって誰が最高権力者なのか判然としない。垂直型伝道をやろうとすれば、何人もの権力者に話をつけなくてはなりません。イエズス会がグローバル化の過程で直面した非連続性の一つでした。

日本における垂直型布教の推進者は布教長のカブラルでした。彼は自分が日本人の心や習慣に合わせるのではなく、自分に日本人を合わせようとしました。しかし、大失敗に終わったのです。

この限界を打破したのが、イエズス会の東インド管区巡察師、アレッサンドロ・ヴァリニャーノです。巡察師というのは全世界における布教の様子を定期的に視察して歩く監査官のような仕事です。この人が極めて有能なグローバル化のリーダーでした。

1579年に日本に来たヴァリニャーノはすぐに「日本文化と西洋文化の非常な違い」を悟りました。異なる文化を融合していくには「われわれの方があらゆる点で彼らに順応しなければならない」と考え、従来の戦略を水平型へと大きく転換する決断を行いました。

彼こそが遣欧少年使節の生みの親であり、イエズス会の「アジア支社長」としてグローバル化に絶大な貢献をした人物でした。

ケーススタディー ローマ教会が決断したグローバル化戦略

ローマ教会にはどうしてもグローバル化に乗り出さねばならない切実な事情がありました。「もう国内は市場が成熟して少子高齢化でダメだからグローバル化するしかない」と言っている現在の日本とよく似た事情が、当時のローマ教会のグローバル化大作戦の根幹にあったのです。

当時のカトリックとローマ教会は瀬戸際に追い込まれていました。免罪符を販売するという「救済商売」をはじめた教会にルターが抗議の声を上げ、宗教改革の嵐が吹き荒れます。カトリック教会の聖職売買、縁故主義、性的乱脈などが暴かれ、その権威は地に落ちたのです。ヨーロッパはルターを援護する側とカトリックを擁護する側に分断され、宗教戦争に突入します(長いところでは100年も戦っていた)。結局、カトリック側に残ったのはイタリア、スペイン、ポルトガル、フランス、オーストリア、南ドイツ、ベルギーまで。カトリックはその外周に位置する北ドイツ、スイス、北欧、オランダ、イギリスなど多くの国々と信者を失いました。

このような事態を受けて、総本山のローマ教会も内部からの改革に乗り出しました。そのヤマ場がトレント宗教会議(1545~63年)です。18年間という長い議論の果てに、教皇庁は大きな戦略的意思決定をします。もはやヨーロッパという旧世界だけに固執してはやっていけない。ローマ教会の失地回復は旧世界の枠組みの中では限界がある。だから、これからは世界へ打って出よう、というグローバル化の戦略です。

最前線の実働部隊としてのイエズス会

この戦略の最前線の実動部隊が「世界のどこへでも、もっとも困難な、異教の地にこそ」福音を伝えることを第一の目的に掲げていたイエズス会でした。グレゴリオ教皇の「ピンチをチャンスに」という悲痛な意志のもと、カトリック教会は本格的なグローバル化へとかじを切りました。その向かう先のひとつが日本でした。

ローマのイエズス会古文書館にはヴァリニャーノの書いた「日本諸事要録」という報告書があり、これが16世紀から17世紀の西欧人の日本観の基本になったといわれています。諸事要録からは、日本と日本人についての深い理解と鋭い洞察が読み取れます。たとえばヴァリニャーノは「日本人の長所について」とこんなふうに書いています(引用は要約)。

・きわめて礼儀正しい。一般庶民や労働者も驚くべき礼儀をもって上品に育成され、あたかも宮廷人のようである。

・人びとは有能であり、すぐれた理解力をもち、子供たちはヨーロッパの子供よりもはるかに容易に、短期間にわれらの言葉で読み書きを覚える

・いずれもみなすぐれた理性の持ち主で、高尚に育てられ仕事に熟練している

・家屋は甚だ清潔でゆとりがあり、技術は精巧である

・世界で最も面目と名誉を重んずる国民である

次に彼の見た日本人の短所について。ヴァリニャーノは「日本人はすぐれた天性と風習をもち、世界中のもっとも高尚で思慮ありよく教育された国民に匹敵する。貧困、戦乱、邪悪な宗教によっても節度を超えた憎悪や貪欲を持たない。しかし悪い面ではこれ以下がないくらいで、善悪の矛盾が極端である」と言っています。

・第1の悪は色欲にふけること(最悪の罪は男色)

・第2の悪は主君に対してほとんど忠誠心がないこと

・第3の悪は欺瞞(ぎまん)や嘘を平気で言うこと

・第4の悪は軽々しく人を殺すこと

・第5の悪は酒に溺れること

「文化の融合」へ布教戦略を大転換

列挙した日本の長所と短所は、あくまでも宣教師としてのヴァリニャーノの視点で見たものですから、(当時の)日本人としては矛盾でもなんでもない、ごく自然な話だったかもしれません。しかし、ヴァリニャーノには甚だしい矛盾に見えた。この人の偉いところは、この矛盾にこそ日本人の本質があるととらえ、西洋の基準ではどうにもならない相手だと早々に悟ったことにあります。

ヴァリニャーノは宗教家であり、しかも「文明が進んだ」西洋から日本に来ています。いまのビジネスのグローバル化と比べても、他国を理解する際に、さらに強い先入観や偏見を持っていても不思議ではありません。しかし、彼の発想と思考には、日本人は理解不能な野蛮で未開な人たちと決めつけたり、西欧の文明を教えて日本人をしつけてやろうという「上から目線」がまったくありません。

ヴァリニャーノのコンセプトは「文化の融合」でした。自分たちの方からこの異質であるが高度な文明を理解し、歩み寄っていかなくては文化の融合は起きず、本当の意味での布教も進まないと考えたのです。

キリスト教のグローバル化を推し進めたイエズス会は、ヨーロッパ政治権力の圏外に布教していくなかで初めて西洋と同等の高さをもつ異教の文明に接触しました。ヴァリニャーノは日本の文明を異質ゆえに見下すことなく、異質だが尊敬に値すると素直に認めて、布教戦略の大転換を決断しました。そのことにより、日本は極東というヨーロッパから最も遠い地にありながら(一時的ではあったが)イエズス会のグローバル化戦略が最も成功した国になるのです。

楠木建(くすのき・けん)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
専攻は競争戦略。1964年生まれ、東京都出身。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同大学同学部助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職。 趣味は音楽(聴く、演奏する、踊る)。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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