日経クロストレンド

技術的、マーケ的に一度商品化を断念

白麹ステロールには、ファンケルとの資本業務提携前からキリンが研究し、一度は商品化のチャンスを逃した「14-DHE(14-デヒドロエルゴステロール)」が活用されているという。11年の入社以来、研究を担当してきたキリンホールディングス R&D本部キリン中央研究所の杉原圭彦氏は「キリンでは美容の受け皿がないので(商品化は)難しいのではないかと思うこともあった」と振り返る。

キリンは「ビールづくりを原点」に飲み物を中心とした「食領域」、医薬品を中心とした「医領域」、疾病予防や身体ケアを目指す「ヘルスサイエンス領域」の3領域で事業を展開。これら事業とともに研究開発を行っている。 R&D本部は主に食領域とヘルスサイエンス領域の研究開発を担う。

「以前からキリンには自由な風土があり、素材研究後、商品にマッチさせていくような、アカデミックな研究も多く見受けられた。13年ごろから社内の技術展示会『シーズニーズフォーラム』で披露し、議論する機会を得たことで、アイデアを具現化しやすい、商品開発に近い研究が進められるようになった」(杉原氏)

14-DHEは、長寿国日本の食に目を向けたことで発見した。

「皮膚は炎症が起きることで肌荒れにつながり、老化の要因となる。一方、日本人は世界的に見て長寿だが、これは日本伝統の味噌や甘酒などの麹を使った発酵食品に、炎症を抑え、老化を防ぐような成分があるのではないかと考え、 過度な炎症を抑える免疫研究としてスタートした」(杉原氏)。その際、医薬ではなく、食品領域での研究を進めたいと考えた杉原氏は、「美肌という観点で研究を進めた」という。その後14-DHEは白麹から最も多く取れることが分かった。

原料としての量産技術策定も進み、15年には30~50歳未満の健常女性計68人を被験者に、14-DHEをサプリメントとして1日0.2ミリグラム、12週間経口摂取してもらう試験を実施し、「肌質改善(美肌)効果が認められた」(杉原氏)という。

成果を基に17年には2件の学会発表を実施し、優秀演題賞を受賞。14-DHEに関する論文2報と特許5件も出願。もはや商品化は目の前かと思いきや、そう甘くはなかった。

当初飲料での発売を考えたが、「技術的なハードルにぶつかった」と杉原氏。14-DHEは脂溶性で水には溶けにくいため、飲料中に安定して溶かし込むことが難しかった。それならグループ企業の協和発酵バイオ(東京・千代田)で美容サプリメントとして商品化すれば……と思うが、そうもいかなかった。「治験をサプリメントで行ったのは当然その狙いもあったが、協和発酵バイオのサプリメント事業において、16年ごろから美容の優先順位が低下した。14-DHE、つまり白麹ステロールは30代、40代をターゲットに美容で訴求することを考えていたため、協和発酵バイオの得意とする層とは言えなくなってしまった」(杉原氏)

アウトプット先をなくした14-DHEの研究はペンディングに。追い打ちをかけるように、杉原氏は論文執筆中に、飲料開発の研究所に異動となる。

資本業務提携のファンケルが救世主に

商品化が頓挫したのは、杉原氏が冒頭で指摘した通り、キリンに美容部門がなかったことが大きい。例えば、キリン同様にビール酵母を研究してきたサントリーホールディングス、アサヒグループホールディングスなどは、グループ会社で化粧品を扱っている。キリンにはそうした部門がなかったため、「美肌研究」であった14-DHEは適したカテゴリーが見つからないまま、“眠れる技術”となりかけた。

それでも杉原氏は商品化への思いを持ち続け、「飲料開発に携わりながらも、学会で発表するなどアピールを重ね、数社からアプローチも受けた」(杉原氏)。しかし、いずれも「すぐに商品化できる状態であれば」といった条件が合わず、実現には至らなかった。

転機となったのが、19年8月、キリンとファンケルの資本業務提携の発表である。ファンケル 総合研究所 ビューティサイエンス研究センター 皮膚科学第1グループ 主幹研究員で薬学博士の榎本有希子氏は、「資本業務提携直後から、両社で定期的にコミュニケーションを取る機会が設けられた。その中で提案を受けた素材の1つに、14-DHEがあった」と説明する。

「成分開発は、長ければ10年近く研究してようやく実を結ぶなど、時間がかかる。しかも、花開くのはほんの一部」(榎本氏)。14-DHEが活路を開いたのは、ファンケルもまた自社の研究を商品化するためのピースを探していたからだ。

ファンケルでは当時、10年以上蓄積した角層バイオマーカー研究から、糖化に立ち向かうたんぱく質である美肌酵素『アルギナーゼ-1』を発見していた。肌で糖化が進むとシミや黄ぐすみが目立つようになるというが、「細胞内にアルギナーゼ-1が多いと肌の糖化が防げることが分かっていた。さらに14-DHEに似た成分が、アルギナーゼ-1を増やすことも発見していた」(榎本氏)。

「14-DHEは皮膚細胞のアルギナーゼ-1量を増加し、糖化スイッチを減少する効果が確認できた」と振り返るファンケルの榎本氏

ただ、ファンケルが発見していた成分は、顧客への訴求力の面で榎本氏が納得できるものではなかった。「化粧品は嗜好品なので、使用感はもちろんのこと、天然由来であるか、環境に配慮されているかなど、成分のイメージも大事。単純に機能だけでは、顧客に訴求できない」(榎本氏)。似た成分で、訴求力のより高い素材がないかと探していた矢先、14-DHEの話を聞いたのだという。

素材評価をしたところ「14-DHEは皮膚細胞のアルギナーゼ-1量を増加し、糖化スイッチを減少する効果が確認できたうえ、先に見つけていた成分より良い効果が表れることが分かった」(榎本氏)。キリンでは飲料を含めサプリメントなど食品として開発されていたため、成分の安心感も問題ない。共同研究で化粧品としての開発に取り掛かることになった。

ファンケルはある意味、14-DHEの救世主になったと言えるだろう。

共同研究が決まった19年末ごろ、杉原氏は14-DHEから離れているだけでなく、別の部署で手掛けていたテーマも終了が決まるという、挫折を味わっていた。そんな中、当時のキリン中央研究所所長から、「ファンケルで14-DHEの商品化を検討してもらえそうだと連絡が来た」(杉原氏)。

「チャンスがきたと、うれしさが込み上げると同時に、他部署にいたため『自分が担当したい、引き抜かれたい! 商品化まで手掛けたい!』と強く思った」と杉原氏。20年1月に共同研究が発表されると、同年2月にキリンのキャリア開発制度を活用し、「良くも悪くも14-DHEのことは私が一番よく知っているので、担当したいと猛アピールした」(杉原氏)という。

杉原氏はファンケルとの共同研究を聞き、驚くと同時に「自分が担当したい」と強く思ったという
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共同研究により短期間で商品化へ