日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/12/20

このうち後者のクレーターは、大量の火星隕石を放出させる強力な「斜め衝突」によって形成されたようだ。

「トゥーティング・クレーターには複数の層からなる特殊な堆積物が見られ、小惑星の衝突時に氷か水があったことを示唆しています」と大英自然史博物館の惑星科学者ピーター・グラインドロッド氏は説明する。衝突シミュレーションの結果、氷や水があると、より多くの破片が生じ、十分な勢いがあれば多くの破片が宇宙に飛び出すことがわかっている。なお、氏は今回の研究には参加していない。

これらの証拠から、研究チームは、枯渇型シャーゴッタイトの起源の第1候補は直径30キロメートルのトゥーティング・クレーターであるとした。デイリー氏は、「本当によく組み立てられた議論です」と評価する。「すべてがぴったり合致しています」

科学者たちは09-00015クレーターが起源である可能性を完全に否定したわけではないが、「重要なのは、どちらのクレーターもタルシス領域にあることです」とグラインドロッド氏は言う。以前から、タルシス領域には非常に大きなホットスポット(スーパープルーム)があると考えられてきた。枯渇型シャーゴッタイトがどちらのクレーターから飛来したにしても、火星最大の火山領域の歴史を教えてくれることは確かだ。

従来のクレーター・カウンティングにより、タルシス領域の地形の一部は37億年以上前に形成されたことが明らかになっている。対して、今回の枯渇型シャーゴッタイトが結晶化したのはわずか数億年前だ。このことから、タルシス領域のスーパープルームは火星の歴史とほぼ同じくらい古い上に、火星の他の多くの火山領域が死に絶えた後も、マグマを生成し続けていたことが示唆される。

地球のマントルプルームと同じく、火星のマントルプルームは、大気の組成を変えるほど大量のガスを噴出し、火星の地形を劇的に変化させながら、火星表面の進化を支えてきた。タルシス・スーパープルームは、ほとんど途切れることなく火星の進化に影響を与えていたのかもしれない。

火星の火山活動が活発だった時代はとうに過ぎ去った。しかし、タルシス領域の長期にわたる火山活動は、大昔に内部の熱を失っているはずの小さな惑星であっても、当初の予想よりもはるかに長く火山活動を続けることができるという見方を補強している。

「月にも水星にも適用できます」

ラガイン氏のチームは、今回の発見をきっかけに、他のタイプの火星隕石がやって来たクレーターも特定したいと考えている。最古の火星隕石の起源が明らかになれば、火星に大量の水があった時代について、もっと多くのことがわかるかもしれない。

ただし、今回の研究の結果および将来のクレーター研究の成功は、機械学習プログラムがクレーターを正しく数えられたかどうかにかかっている。クレーター・カウンティングには多くの困難がつきものだ。例えば、小惑星が衝突するペースが時間の経過とともにどう変化したかは推定に頼るしかない。それに、クレーターに似た小さな円形の構造物を、プログラムがクレーターと間違えている可能性もある。

機械学習を「この問題に利用したのは、実に独創的です」と米ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所の惑星火山学者ローレン・ジョズウィアク氏は言う。氏も今回の研究には関与していない。「この方法がうまくいくことを願っています。他の惑星にも応用できれば素晴らしいことです」

論文を発表した研究チームも同じ意見だ。「火星はクールです」とベネディクス氏は言う。「しかし、このアルゴリズムと方法論は、火星にしか適用できないものではありません。月にも水星にも適用できます」

機械学習によって本当に火星隕石の謎が解明されたのだとしたら、私たちがこれまで夢にも思わなかったような、さまざまな可能性への扉を開くことになる。「機械学習の惑星科学への応用は始まったばかりです」とグラインドロッド氏は言う。

(文 ROBIN GEORGE ANDREWS、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年11月30日付]