日経ナショナル ジオグラフィック社

2021/12/12

カヌーは島、島はカヌー

タヒチを訪れる外国人観光客のほとんどは、ヴァアを体験するために来るわけではない。彼らが求めているのは、水上コテージや、暖かいターコイズブルーの海でのんびり過ごすバカンスだ。

しかし、ヴァアがなければ、タヒチをはじめフランス領ポリネシアを構成する118の島々とそこに暮らす人々は、今のような形では存在しなかったはずだ。

遺伝子調査によれば、ポリネシア人たちは東南アジアの大陸部から南太平洋諸島に移住してきた。その人々が双胴のヴァアでタヒチにたどりついたのは、約4000年前のこととされる。人々が太平洋を渡ってきたことは、船を指す言葉からも明らかだ。アウトリガーカヌーはタヒチ語では「ヴァア」と言うが、クック諸島では「ヴァカ」、ニュージーランドでは「ワカ」、ハワイでは「ワア」と呼ばれる。

タヒチとハワイの両方に、「カヌーは島、島はカヌー」という格言がある。多くのポリネシア人にとって、ヴァアは神聖なものだ。フランス領ポリネシアの旗にも、双胴のヴァアが描かれている。

もともと、ヴァアの船体はコアの木をくりぬいて作り、「アマ」と呼ばれるアウトリガー(安定性を向上させるための浮き)を、ココナツの繊維を編んで作ったロープで固定していた。こうして作ったヴァアは、交易や漁、戦い、祝典などに使われた。

2019年にタヒチで行われた「ハワイキ・ヌイ・ヴァア」というヴァアの大会で集合する女性アスリートたち。ハワイキ・ヌイ・ヴァアは島と島を結ぶカヌーレースで、この地域では最大の規模だ(PHOTOGRAPH BY XAVIER KEUTCH)

カヌーの一家に生まれて

記録によると、19世紀にはすでに、ハワイやタヒチの浅瀬でヴァアの大会が行われていたという。

バーナディノさんは、「レースのときは、いつも家族に来てもらいます。そして祖先の助けを借りられるように祈ります」と言う。33歳になるバーナディノさんは、これほどの成功を収めることができたのは、14歳でカヌーに乗り始めてから、ずっとコーチを務めてくれている父親のおかげだと話す。今では、実質的に向かうところ敵なしだ。

「私には、ヴァアを愛する血が流れているんです」とバーナディノさんは言う。彼女の家族は、まさにヴァア一家そのものだ。65歳になる父親は、世界大会で何度も優勝した経験を持ち、今も競技を続けている。両親の兄弟も、ヴァアのチャンピオンだったり、有名なヴァアの制作者だったりする。

ヴァアのレースでは、フランス領ポリネシアの選手たちが圧倒的に優位に立っている。「政府やテレビ局がヴァアをここまでサポートしている場所は、世界中どこを探してもありません。ヴァアで稼ぐ人がこれほど多い場所も、ほかにはありません」と、国際ヴァア連盟の代表を務めるララ・コリンズ氏は話す。

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