ウインタースポーツを楽しもうと、世界中から多くの人がやってくるアルプス。ここでは、経済も文化も雪の深い冬を基盤にして成り立っている。だが、地球温暖化によって、雪と氷が急激に減少している。この危機を回避しようと、動き出す雪氷学者や地元住民をナショナル ジオグラフィックは追った。
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実は1980年代や90年代にも雪の少ない冬が続き、人工降雪機で乗りきったことがあった。標高が低い地域では、観光業を途切れさせないためには多額の投資も必要で、この状況は例外的なものだと誰もが思っていた。だが、例外ではなかった。ポルト峠の積雪を、過去30年とそれ以前のものとを比較したグラフを見ると、折れ線が急降下していて、積雪が平均で約38センチも減ったことを示している。
近年、温暖化の傾向はさらに標高の高い土地にまで及んでいる。キッツシュタインホルンで雪の管理責任者を務めるピーター・レオは、「あの頃、人工降雪機が欠かせないものになると言われたら、冗談だろうと答えたでしょう。でも、今ではすっかり必需品です」と言う。
アルプスのゲレンデは人工雪
アルプス全体で1100人いるリフトの運転員も同様だろう。今ではスキー場の雪の多くは人工雪だ。キッツシュタインホルンだけでも、ゲレンデの各所に草色をした大砲のような人工降雪機が104台配置されている。
レオがその1台を作動させると、すさまじい音で会話もままならなくなった。降雪機は、水と空気を噴霧する外側のノズルから出た水滴と、水を噴霧する内側のノズルから出た水滴を衝突させてファンで飛ばし、雪にする。「ファンは強力だから吸い込まれますよ」とレオは大声で注意するように言った。
キッツシュタインホルンのような氷河に立っていると、小さな雪片がこれほど巨大な氷塊になるとは想像しがたい。何百年もの間、新しい雪が積もるたびにその下の層が圧縮され、やがて氷になって氷河を形成し、自らの重さで斜面を降下し始める。ただ19世紀後半以降、一帯の氷河はほぼ一貫して後退を続けている。
だが、スイスの雪氷学者フェリクス・ケラーには、この流れを逆転させる秘策がある。ケラーはアルプスのスキーリゾート発祥の地、サン・モリッツの隣村で育った。2021年に取材したとき、ケラーは近くのホテル・モルテラッチで、最後のドイツ皇太子ヴィルヘルムを写した1919年の白黒写真を見せてくれた。皇太子と側近が笑顔でモルテラッチ氷河に立っているが、その場所はホテルのすぐ外だ。その頃は厚い氷が谷全体を埋め尽くしていたのだ。