親を殺されたゴリラ孤児ンダカシ、飼育員との14年
2007年、私(この写真を撮影したブレント・スタートン氏)は仕事でコンゴ民主共和国のビルンガ国立公園を訪ね、武装組織と戦う公園レンジャーたちと行動を共にしていた。絶滅危惧種であるマウンテンゴリラが殺されたという情報が入ってきたのは豪雨の中だった。
ライフル弾を何発となく撃ち込まれた母親の死体に、生後数カ月のゴリラがしがみついていた。血と雨が死体を囲うようにたまる中、彼女は母親の乳を吸おうとしていた。それが孤児ゴリラ「ンダカシ」との出会いだった。
野生のマウンテンゴリラは現在、1000頭余りしか残っていないが、当時はわずか400頭しかおらず、この殺りくは大きな話題になった。ンダカシはこのゴリラ家族の唯一の生き残りだった。
ンダカシは弱っていて、長くは生きられそうになかった。レンジャーのアンドレ・バウマ氏は雨の中から彼女を救い出し、朝まで自分の体で温めた。これが14年に及ぶ愛情深い関係の始まりだった。
バウマ氏は現在も、アフリカ初の国立公園ビルンガに設立されたセンクェクェ・センターで、飼育員長を務めている。ンダカシは、このセンクェクェに移り、ほかのマウンテンゴリラの孤児たちと一緒に暮らすようになった。ここは全ての孤児たちが24時間体制でスタッフの世話を受ける場所だ。獣医師のエディ・シャルハ氏と「ゴリラ・ドクターズ」(ゴリラを診察する獣医師たちのグループ)が奇跡を起こし続ける場所でもある。
マウンテンゴリラは驚くほど繊細で優しい生き物だ。彼らには個性がある。彼らは喜び、悲しむ。人間と同じだ。ンダカシはそれらの全てを飼育員たちと共有した。飼育員たちは自分の家族よりもゴリラと一緒にいる時間の方が長い。彼らはゴリラたちを愛し、「私の子供たち」と呼ぶほどだ。
献身的な世話を受けてきたにもかかわらず、ンダカシは半年ほど前に謎の病に冒された。そうして21年9月26日、14年前に彼女を救ったバウマ氏の腕の中で息を引き取った。バウマ氏の悲しみの深さは計り知れない。
連絡を受けたとき、私はビルンガの別の場所で、公園のリーダーたちと一緒だった。それまで熱心に議論を交わしていた全員が、知らせを聞いて黙り込んだ。思いがけないことであり、とても悲しいことだった。
07年以降、私はビルンガで仕事をすることが多く、1~2年ごとにやって来ては、ンダカシの成長を目の当たりにしてきた。ンダカシと3頭の孤児たちは世界で唯一の飼育下にあるマウンテンゴリラだが、バウマ氏らが実に良くケアしていることに、私は感心していた。
飼育員は4人いる。誰も博士号を持っているわけではないが、どんな学者よりもゴリラについて詳しい。
マウンテンゴリラは人間とよく似た動物で、複雑な社会を形成する。うつになることだってある。これは私の個人的な意見だが、ンダカシは何かが欠けていると感じていたのかもしれない。どんなに私たちが努力しても、飼育下で野生のゴリラの暮らしを再現することはできない。
また、ゴリラは縄張り意識が強く、新しい個体を受け入れてくれるとは限らないため、野生に帰すのも難しい。成功した例は今のところないのだ。
バウマ氏らがンダカシを救うためにあらゆる努力をしたことを私は知っている。世界最高峰の技術や知識を持つ人々とも協力した。ンダカシが死んでしまうなんて、誰も思っていなかった。
だが、人間の場合と同じように、彼女は自分が愛し、自分を愛してくれた人たちに囲まれて死んでいった。あまり擬人化したくはないが、私にはそう見えた。
ゴリラの社会を見ると、私たちの社会よりも人間的であるように思える。思いやりがあり、秩序があり、ファミリー全員が面倒を見てもらっている。ンダカシの母親が殺されたとき、泥の中の足跡から、父親のセンクェクェがメスたちを守ろうとして死んだことがわかった。
私がナショナル ジオグラフィックで行ってきた仕事のほとんどは、野生動物の違法取引に関わるものだ。人間と動物の関係における負の側面を多く見てきた。しかし、サイやセンザンコウ、ライオンやゾウなどを見てきて感じたのは、彼らと一緒に時間を過ごし、敬意を持って接し、信頼を勝ち取れば、素晴らしい関係を築くことができるということだ。
ゾウが朝の挨拶をしてくれたり、姿が見えないときには探してくれたり、密猟者が隠れている場所を教えてくれたりするようになるのだ。
人がイヌとどんな関係を築くことができるか、あなたも知っているだろう。それと同じことがほかの多くの種とも可能なのだ。人間とごく近いゴリラの場合はなおさらである。飼育員をはじめとする多くの人にとって、彼らは、人間のような、家族のような存在だった。
小さな例をひとつ。バウマ氏が休憩していると、ンダカシが隣にやってきて手を握ることがあった。まるで親しい人間の友人のように。そこには、私たちがいまだに探究しきれていない、何かがある。
私たちは彼らと相対する関係を築いてきたが、人間と動物がお互いに理解し合い、もっと親密になれる可能性というものがあると思うのだ。私たちはまだ、その可能性の表面をなぞっているに過ぎない。ンダカシはその1つの例だった。
(語り・写真=BRENT STIRTON、聞き書き DOUGLAS MAIN、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年10月14日付]
関連リンク
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。