日経ナショナル ジオグラフィック社

泥炭の採掘は、今もティエラ・デル・フエゴで盛んに行われている。写真の機械によって粉砕された泥炭は、重工業で油を吸収するために使われるブランケットの材料となる(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)

泥炭地を守るために何ができるか

高い木々がそびえる森林や風光明媚(ふうこうめいび)な草原とは異なり、泥炭地は魅力に欠ける印象があるため、その保全と復元には広報活動が必要となる。

カークブリート=ハーマンズ氏によると、泥炭地はかつて不毛の土地と考えられていた。「1980年代には、人々はまだ、泥炭地を有効活用するには、排水をして植物を植えなければならないと考えていました」

世界中の多くの湿地帯と同じく、泥炭地でもまた、頻繁に排水が行われてきた。家畜の放牧やアブラヤシ農園など、より経済的価値の高い土地にするためだ。過去には、北米と欧州の泥炭地の多くが水を抜かれ、泥炭が燃料として燃やされていた。東南アジアでは、広大な熱帯泥炭地で森林が伐採され、水を抜かれて、利益の上がるアブラヤシのプランテーションに転換されてきた。

2019年に建設工事が始まった道路。フエゴ島のウシュアイア市とカボ・サン・ピオを結ぶこのルートは、ビーグル水道の海岸線に沿って約130キロにわたって敷設される予定だ。道路は木々を伐採しながら、泥炭地の中を通過するように造られる。地元の反対により、計画は現在、保留状態にある(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)

コンゴやアマゾンでは、広大な泥炭地が最近発見されたばかりだが、こうした場所は開発の対象になりやすい。国際泥炭地協会のリーリー氏はこれに警鐘を鳴らす。

「自然保護主義者として、私は常々、今あるものを維持するために努力すべきだと主張しています。復元には必ずコストがかかり、時間と資金が無駄になります」

泥炭は形成されるまでに数百年を要し、それを復元するのは複雑でお金のかかる作業だ。その理由としては、泥炭地の多くが人里離れた場所にあることも大きい。英国の泥炭地の生態系を復元するためのとあるプロジェクトでは、1600ヘクタール程度の広さを復元するのに270万ドルの費用がかかった。

ティエラ・デラ・フエゴの泥炭地は法律上、鉱物に分類されているため、採掘の対象となる可能性もあると、ティエラ・デル・フエゴ水資源局の責任者アドリアーナ・ウルシウオロ氏は言う。

「もっとも大きな課題は、地域にも政府にも、泥炭地の価値についての知識と分別が欠けていることです。こうした状況においては、たいていの場合、採掘できる鉱物としての泥炭地から得られる私的な利益のほうが、保護活動よりも優先されてしまうのです」

モート泥炭地でのフィールドワークを手伝う地元の科学者フリオ・エスコバル氏。写真は、環境影響調査を行わず、必要な承認も得ずに進められている道路建設の進捗状況を視察しているところ(PHOTOGRAPH BY LUJÁN AGUSTI)

(文 SARAH GIBBENS、写真 LUJÁN AGUSTI、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年2月10日付]