だが、飛行機での移動は、どうしても地球温暖化につながる。人間活動由来によるCO2排出量のなかで、旅客機が関与するものは2.5%程度だが、ほかの汚染物質や飛行機雲の温暖化効果、排出物質が大気中にとどまって起こす複雑な化学反応も合わせると、実際の影響はそれよりかなり大きい。空の旅が地球温暖化に与える影響は、全体の最大5%も占めるとする専門家もいる。
陸上輸送をはじめ、建設など他分野のエネルギー効率が大幅に改善されているなか、乗客数や便数が増えていることを考えると、この割合は今後さらに大きくなると思われる。こうした状況は、飛行機を使わない、少なくとも乗る頻度を減らす方向へ人々を向かわせる。この動きはヨーロッパで「フリュグスカム運動」と呼ばれ、世界中に知られるようになった。「フリュグスカム」とはスウェーデン語で「飛ぶのは恥」という意味だ。10代の環境保護活動家グレタ・トゥンベリさんらが実践しているが、これは彼女たちにとって、シンプルだが説得力のある運動なのだ。
画期的な燃料の登場
環境負荷の軽減につながる方法はいくつか考案されているが、最も早く実用化にこぎ着けるのはランザテックかもしれない。同社は中国の製鉄所から排出される、炭素をたっぷり含んだガスを燃料に変える技術を開発した。回収したガスにウサギの体内で発見された分解力の強い微生物を混ぜ、さらに水と栄養物を加えて発酵させるとエタノールが発生するという。
こうした燃料は総じて「持続可能な航空燃料」、あるいはその英語の頭文字から「SAF」と呼ばれるようになった。2018年、英国の航空会社バージン・アトランティックのボーイング747型機は、ランザテック製のSAFと米国の標準的なジェット燃料を混合したもので、米フロリダ州オーランドから英ロンドンまでの飛行に成功した。
SAFはまだ従来型の燃料に混ぜる形で使われているものの、温暖化ガスの排出を削減する最初の大きな一歩とされている。その理由は明快だ。航空機の寿命は20年から30年なので、現役の数千機はまだまだ空を飛び続ける。その動力源となるのは、こうした液体の航空燃料だからだ。
既存のジェット旅客機も、エンジンを最新式のものに交換したり、「ウィングレット」や「シャークレット」などと呼ばれる小翼を翼の端に取り付けたりすることで、燃費が向上する。それでもクリーンな飛行を実現する最も効率的な手段は、やはり燃料を替えることだ。
SAFは生産から消費されるまでの全段階で、炭素の排出削減に貢献する。原料はサトウキビの茎などの農業副産物だったり、産業廃棄物や埋め立て地のごみだったりするが、いずれにしても、早い段階で炭素を隔離または消費するため、化石燃料よりも炭素排出量がはるかに低くなるのだ。
しかし、課題はある。まずは価格が灯油系のジェット燃料の2~6倍もすることだ。以前より多くの旅客機がSAFを採用しているが、19年に航空業界全体が消費した3600億リットルの燃料の0.1%にも満たない。次に、原料としては農作物が最も調達が容易で安価だが、それを当てにはできない点だ。食料生産に必要な土地と水を奪ってしまったら、環境破壊とは別の反感を買うことになるからだ。
そこで、航空業界はほかの原料に目を向けている。ランザテックが使うような廃棄物や、海水で育てられる塩生植物などだ。
(文 サム・ハウ・バーホベック、写真 ダビデ・モンテレオーネ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年10月号の記事を再構成]