土居裕子さん 王子そのものである理由(井上芳雄)第108回

日経エンタテインメント!

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井上芳雄です。1月は日比谷シアタークリエで上演されているミュージカル『リトルプリンス』に出演しています。サン=テグジュペリの『星の王子さま』を原作として、1993年に誕生した音楽座ミュージカルの東宝版です。王子を土居裕子さんと加藤梨里香さんがダブルキャストで演じていて、それぞれ別の作品と感じるくらい全く違う王子となっています。僕は飛行士とキツネの2役を演じて、1人で2人の王子の相手をしているので連日大変なエネルギーを使いますが、とても光栄なことと喜びに浸りながら演じています。

ミュージカル『リトルプリンス』は1月8~31日 日比谷シアタークリエ、2月4~6日 愛知・日本特殊陶業市民会館ビレッジホールにて上演。飛行士役の井上芳雄と王子役の土居裕子(写真提供:東宝演劇部)

ストーリーは、砂漠に不時着した飛行士が宇宙に浮かぶ小惑星からきた王子と出会ってから別れるまでの話です。王子が暮らしていた小惑星はとても小さく、火山が3つとバオバブの木、1輪の花が咲いているだけ。ある日、花と喧嘩をした王子は、惑星を飛び出して、いろんな星を巡り地球にたどり着きます。そこで、不思議なヘビや、大切な友達になったキツネとの出会いを経験します。そんな王子の話を聞いているうちに、飛行士が持っていた飲み水が尽きてしまい、2人は砂漠の中で泉を探し始めます……。

土居さんは音楽座ミュージカル(以下、音楽座)のオリジナルキャストとして約30年前に初めて王子役を演じられました。最後に演じたのが24年前だそうです。そういう方が今また同じ役をやるというのは、世界でも例がなくて、ギネスブックに載るような快挙じゃないかと思います。もちろん演技は素晴らしくて、まさに王子そのもの。存在が軽やかで、僕もいろんな感情が呼び起こされます。役の上の感情もそうだし、あのときああだったなとか個人的な記憶がよみがえってきたりもして、なんだか不思議です。それはきっと、土居さんが王子そのものとして存在しているからじゃないでしょうか。

きっと王子を演じていなかったこの24年の間にも、いろいろ考えたり経験されていて、その蓄積が王子という役にまた集約されているのでしょう。なにより今、それを僕たちが見られるのはすごく幸せなことです。やっぱり演劇だから実現したことであって、そのお相手をできるのは光栄だし、いまだに興奮しながら同じ舞台に立たせてもらっています。

土居さんはいつも全力です。王子は2人だけど僕は1人なので、「芳雄君は力を抜いてやってね」と言われたのに、「土居さんも自分がやりやすいようにやってくださいね」と応えたら、「私は力を抜けない。いつでも裕子100%しかできないの」と言われました。お芝居や歌の技術は日本のミュージカル俳優の中でも最高峰だと思うのですが、そういう人が今も100%の全力でやっていると謙虚に言われるのは尊いことだし、本当にこれまでそうやってきたのだと思います。

土居さんとの共演はありましたが、ここまでがっつり組んだのは今回が初めて。本当に自然に生きているように演じられて、一緒にやっているこちらを緊張させません。自分もそうありたいなと思います。そんな土居さんの有りようは、『リトルプリンス』という作品のテーマに通じるものがあります。「砂漠が美しいのは泉をどこかに隠しているから」というのと一緒じゃないのかなと。それがどういう泉かは簡単には分からないけど、今までに歩んできた道が土居さんの中で豊かな泉をつくっていて、それを感じるのだと思うんです、僕たちやお客さまが。そういう意味でも、土居さんは王子そのものなんでしょうね。

飛行士役の井上芳雄と王子役の加藤梨里香(写真提供:東宝演劇部)

梨里香さんの王子は全く違っているので、比べようがありません。王子役は初めてだし、まだ23歳と若い女優さんです。今回の王子は6歳くらいの子どもを想定しているのですが、梨里香さんはまさにそう信じさせてくれます。僕は共演するのは初めて。子役から始めているので芸歴が長く、歌もしっかり歌えるし、踊りも得意です。だから躍動感が自然に出るし、お芝居をやる気持ちも強い。若手のミュージカル女優として、あるべきものをしっかり備えている人だと思いました。

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猫ではないが、キツネの役で夢かなう!?