日経エンタテインメント!

「子供に本を1冊薦めるとしたら何ですか」という質問には、『夜と霧』をお薦めしました。ユダヤ人としてドイツの強制収容所に捕らわれ、奇跡的に生還した著者の体験記です。僕も親に薦められました。どんな人にも、きっと壁にぶつかったり、もうだめだと絶望したりするときが必ずくると思うのですが、そのときに助けになるというか、どうやって絶望から生きていったらいいかを書いてある本です。

自分がどういう人間で、何を考えているのか

今回3日間、講演をやってみて思ったのは、自分も成長したというか、表現者としての段階がまた変わったなということです。今までは保護者会には呼ばれなかっただろうし、呼ばれたとしても、どちらかというと子供の目線で話したと思います。今はもう親御さんと同じ目線です。それは僕にとってはうれしいことで、感慨深くもあります。

もうひとつ感じたのは歌の力。どんな人たちが相手でも、歌えば説明がいらないみたいなところがあります。そこは自分が歌手でよかったことで、もちろんそれだけに頼るわけにはいかないのですが、あらためて強い力を持っているなと。全部の会場で歌ったのは『僕こそ音楽』と『瑠璃色の地球』でした。『僕こそ音楽』の「自分自身のままを愛してほしいし、この僕自身が音楽なんだ」というテーマは、音楽をほかのものに置き換えてもらえば、誰にでも当てはまる普遍的なもの。『瑠璃色の地球』の自分たちの生活が宇宙全体と関わっているという壮大なテーマも、今の時代にこそ多くの人の心に響くと思います。願わくば、自分のオリジナルでそういう曲があったらいいなとも思いました。

芸能の世界に身を置いていると、人を楽しませなきゃいけないという気持ちがどんどん強くなります。僕は特にそのサービス精神がある方だと思うので、面白いことを言って、できるだけみんなに喜んでもらいたい、笑ってもらいたいというスタンスでいます。でも、それは必ずしもいつでも必要なものではないことを今回学びました。もちろんリラックスできて、ユーモアがあったらよりいいとは思うのですが、それよりも自分がどういう人間で、何を考えているのかをちゃんと伝えることが大事なんだ。自分の内面や私的なことを「講演」という形でお話しする機会を得て、そんな気づきがありました。

『夢をかける』 井上芳雄・著
 ミュージカルを中心に様々な舞台で活躍する一方、歌手やドラマなど多岐にわたるジャンルで活動する井上芳雄のデビュー20周年記念出版。NIKKEI STYLEエンタメ!チャンネルで月2回連載中の「井上芳雄 エンタメ通信」を初めて単行本化。2017年7月から2020年11月まで約3年半のコラムを「ショー・マスト・ゴー・オン」「ミュージカル」「ストレートプレイ」「歌手」「新ジャンル」「レジェンド」というテーマ別に再構成して、書き下ろしを加えました。特に2020年は、コロナ禍で演劇界は大きな打撃を受けました。その逆境のなかでデビュー20周年イヤーを迎えた井上が、何を思い、どんな日々を送り、未来に何を残そうとしているのか。明日への希望や勇気が詰まった1冊です。
(日経BP/2970円・税込み)
井上芳雄
 1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)、『夢をかける』(日経BP)。

「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第105回は12月4日(土)の予定です。


夢をかける

著者 : 井上芳雄
出版 : 日経BP
価格 : 2,970 円(税込み)