
日本時間の2022年3月4日午後9時25分ごろ、少なくとも15年から宇宙を漂っていた人工物が月に衝突した。ロケットの一部と見られる。人工物の残骸が月へ向かう様子が探知されたのは今回が初めてだ。
ただし、私たちが衝突を目撃することはできなかった。ロケットが衝突したのは、月の裏側にある直径570キロメートルのヘルツシュプルング・クレーターの中だったからだ。月を周回している人工衛星からも観測することはできなかった。
衝突した物体について、一部の天文学者は中国のロケットの残骸だと考えている。14年に月探査試験機「嫦娥(じょうが)5号T1」を打ち上げた長征ロケットだ。ただし、すべての専門家がそう確信しているわけではない。

ロケットがどの国から来たにせよ、衝突のダメージを受けるのは月の表面だけだろう。「現在の月面には数十機の探査ロボットがいますが、人間は1人もいません。衝突の影響を受けるようなものは特にないでしょう」と、米ハーバード・スミソニアン天体物理学センター(CfA)の天文学者ジョナサン・マクダウェル氏は話す。
しかし、今後もそうだとは限らない。近年、月探査が再び活発になっており、人類は月面または月軌道上に基地を建設しようと計画している。すでにいくつかの国に加えて、民間企業も月に探査機を送り込んでいる。今回の衝突による影響が軽微だったとしても、次の衝突では大きな被害が出るかもしれない。
「私たちは責任を持って宇宙へ行くようにしなければなりません」と、米ミシシッピ大学の宇宙法学者で、人類が月に残した活動の痕跡の保護をめざす非営利団体「For All Moonkind」の創設者であるミシェル・ハンロン氏は言う。「ロケットがどこへ行くかを把握し、むやみに月面に物を放り投げるようなことがないように、正しく行動しなければいけません」
月に衝突した物体の正体は?
「WE0913A」と名付けられたこの物体は、15年に初めて発見されて以来、断続的に追跡されてきた。地球に危険をもたらす可能性のある小惑星を探す調査の過程で見つかったものだ。
22年1月、天文学者のビル・グレイ氏がWE0913Aの軌道をコンピューターで計算したところ、画面上に赤く強調された線が点滅し、「IMPACT(衝突)」という文字が表示された。プログラムは、WE0913Aが22年3月4日に月に衝突すると予想したのだ。
物体の幅が約3メートル、高さが約12.5メートルであることから、科学者たちはこれをロケットの上段だと確信している。この物体は明るく、軌道上で185秒に1回の速さで宙返りするように回転しており、廃棄された上段ロケットでよく見られる特徴に一致している。
この物体の「光度曲線は、宙返りするロケットに特徴的なものです。それが決め手になりました」と、物体の正体を特定する手がかりとなる観測を行った米アリゾナ大学のビシュヌ・レディ氏は言う。