TikTokで既刊がヒット スターツ出版、投稿法に秘密
書籍『TikTok ショート動画革命』(1)
スターツ出版が2016年に発刊した小説『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(以下、『あの花』)が、20年6月、TikTokに投稿された一般読者の動画をきっかけに、発売から4年近い月日を経て発行部数が20万部を超える大ヒットとなった。音楽ではTikTok発のヒット事例は出ていたが、書籍が売れることは、スターツ出版はもちろんTikTokにとってもうれしい驚きの事態。スターツ出版のもとへTikTokの担当者から「ぜひ一緒に盛り上げていきたい」という連絡が入り、以降、両社は定期的な情報交換を続けているという。
本の紹介動画を増やしていきたいと考えたTikTokは、20年12月16日から「#本の紹介」というキャンペーンを実施。『あの花』は「スターツ出版文庫」というレーベルから発刊されており、スターツ出版はこのキャンペーンに合わせて、スターツ出版文庫のTikTokアカウントを設けて運用することを決めた。
「スターツ出版文庫のターゲットは中学生から大学生くらいまで。小説のターゲットとTikTokユーザーとの親和性が高いと思います。『#本の紹介』キャンペーンが行われた直後の12月28日には、小説を紹介する人気クリエイターのけんごさんが同じスターツ出版文庫の『交換ウソ日記』を紹介してくれたのですが、その投稿がバズり、売れ行きが6倍に。本のランキングではランキング外から5位に入りました」(スターツ出版・書籍コンテンツ部の今泉俊一氏、以下同)
読者コメント、誘発できる作品をチョイス
スターツ出版文庫のアカウントでは、動画投稿の際に心掛けていることが大きく3つあるという。1つは、新刊ではなく既に発刊されている小説を紹介することだ。
「TikTokの大きな特徴は、コメント欄が盛り上がる点です。動画を見たユーザーがコメントを書き込み、さらにそのコメントに対してもコメントが付いて、掲示板のように盛り上がっていく。『あの話が良くて泣いちゃった』『そんなにいいなら私も買ってみよう』といった、学校の休み時間のコミュニケーションのようなものが、TikTokのコメント欄で行われ、親近感や共感性みたいなものが生まれていると感じます」
例えば、『あの花』の紹介動画は400万回再生され、いいねは27万件、コメントも3000件以上付いた(データはいずれも21年11月時点、以下同)。興味深いのは、動画そのものだけでなく、その動画に対するコメントにまで反響があること。例えば「本は表紙で選んでしまう」というコメントに対して1万3000件のいいねと44件の返信、「学校の朝読書の時間に読んでいました」というコメントには8810件のいいねと48件の返信が付いている。こうしたケースは、他のSNSではなかなか見られない現象だろう。
そして、TikTokでは、コメントやいいねなどのリアクションが多く付いた動画は、広く拡散する可能性が高まる。エンゲージメントの高い動画は、TikTok独自のレコメンドシステムによって、多くのユーザーが視聴する「おすすめ」フィードに登場しやすくなるためだ。
スターツ出版文庫のアカウントが、既発の小説の紹介に注力するのは、まさにコメントが付くことで拡散するのを狙うためだ。「まず、本自体が面白い作品でないと良いコメントは付きません。また、ある程度読まれて、評判の良い作品でないとコメントもしづらいんと思うんです」。読者の評判については、スターツ出版が自社で運営する投稿サイト「ノベマ!」での反応やAmazonのレビューなどを参考にしているという。
動画のBGM、世界観を伝える重要な要素
2つ目に気を付けているのは、「売れている」や「●●大賞受賞」といった一般的な宣伝に用いられるような文言を使わないことだ。「他のSNSでは、有名人が薦めるとフォロワーさんが反応するという図式だと思うんです。でも、TikTokはユーザー同士がいいよとおすすめするものがバズっていくので、出版社からの"上から目線"の押し付けはしないようにしています。出版社はやっぱり新刊を売りたいですし、『売れてますよ』と言いたいんですけれど、TikTokのユーザーはそれを見るとむしろ引いてしまう。ですので、『こんな本ありますよ』と簡単にあらすじを伝えて、あとは『みんなの感想待ってます』といった呼びかけをする程度にしています」
3つ目は音楽だ。スターツ出版文庫のTikTokアカウントは、21年時点で入社3年目の男性社員が運用を担当している。動画を投稿する際には、この社員が作品を読んで、その世界観にあった楽曲も選んでいるという。
「彼はもともとTikTokユーザーで、スターツ出版文庫のターゲット層にも近い。また、TikTokを毎日見ているので、そのタイミングでどのような音楽が流行っているのかも分かっているんです。作品の世界観と音楽がマッチしていると、すでに読んでいる人は『これ!』と強く共感してもらえますし、逆にまだ読んでいない人には世界観を想像してもらえる。表紙を映しただけの『あの花』の紹介動画がバズったのも、まさに音楽の効果が大きかったと思います」
このような取り組みが功を奏し、今ではスターツ出版文庫のアカウントでも、いいねが1万を超える投稿も出ている。また、「泣けるスターツ出版文庫大賞」などのユーザー巻き込み型企画も好評だ。「『アトラクトライト』というボカロ楽曲をノベライズした作品を紹介したときには、2万を超えるいいねが付きました。また、10万部級の作品を紹介すると、いいねが多く付く傾向にあります」
文庫レーベル全体の売り上げが約2倍に
このようなアカウント運営を続けてきたことで、「スターツ出版文庫が好き」というユーザーが増加した。他の作品も売れ始めており、『あの花』が話題になった6月以降、20年のスターツ出版文庫全体の売り上げは右肩上がり。21年上期は前年の2倍程度で推移している。
「『あの花』1作のヒットだけでは、こういう現象は起きなかった。スターツ出版文庫自体のコンセプトは『この1冊が、わたしを変える。』というもので、『何度も読み返してほしい』という思いで作っています。では、どのような本を読み返すかというと、『これを読んで昔泣いたな』だとか、『人生観が変わったな』という部分が必要になる。『あの花』は特攻隊も登場し、若い世代は知らなかったことや命の大切さが描かれた作品。繰り返し読んでも泣けるという部分が共感を呼んで売れたのかなと考えています。
TikTokで認知が広がったのは『あの花』がきっかけでしたが、このようなブランディングのもとでトーンを守っているので、どの本を読んでも同じメッセージが込められていると感じてもらえるはず。だからこそ、他の作品にもどんどん伝播し、レーベルを好きと感じていただけるようになったのではと思います」
また同社では、いいねの付いた数でどれだけ部数が伸びるかといった分析も進めているという。
「どの投稿がバズるかどうかという部分は本当に難しく、我々が頑張っても1万いいねがやっとです。ですが、出版社よりもユーザーの方の紹介動画に多くの反響があるほうがいいのかなとも思いますね。今回のヒットで、本が好きな子ってまだまだいるんだと実感ができたんです。本が好きと言う場や話すきっかけがなかったけれど、同じような人がいると分かったときに共感のコメントをしたり、自分のおすすめの本を紹介したりする。TikTokでそんなコミュニケーションをしてくれるのが、出版社としては一番うれしい。そうして、レーベルのファンになっていただけることで、ビジネスとしても広がっていくのかなと考えています」
BGMとして使われた楽曲が相次いでヒットしたのを振り出しに、小説やコスメ、食品・飲料、高級車や高級旅館まで、動画で紹介された商品が次々と人気になり、"TikTok売れ"なる言葉も定着。TikTokは「消費を動かすプラットフォーム」として、最注目のツールとなった。その高い拡散力の源はどこにあるのか? 実際にTikTok発で売れた商品はどんな施策を行ったのか? ヒットを誘うクリエイターたちの動画作りの秘訣は?など、TikTok Japan初の全面協力の下、豊富なケーススタディと関係者インタビューを通じて、"TikTok売れ"の極意を明らかにする。(日経BP/1760円)
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