牛肉を控えて野菜をとれば寿命が1日あたり48分伸びる
食料は、わたしたちが生きていくうえで欠かせないが、一方で健康と環境に大きな負荷となる場合もある。2021年8月に学術誌「Nature Food」に掲載された研究成果によると、米国人が食料の選択を少し変えることによって、健康と地球の両方に極めて大きな利益がもたらされるという。
例えば牛肉や加工肉は、健康への負担が大きいと同時に、環境への負荷も大きい。今回の研究によると、牛肉や加工肉による1日のカロリー摂取の10%を野菜や果物、豆類に変えるだけで、48分相当の健康改善と33%の環境負荷削減が見込めるという。
「すばらしいのは、健康に良い食品の多くは、環境にも良い傾向があることです」と、英オックスフォード大学でフードシステムを研究するマイケル・クラーク氏は言う。なお、氏は今回の論文に関与していない。
食料生産に伴う環境への影響は思いのほか大きい。栽培、梱包、輸送、調理、さらには廃棄に至る過程において、食料生産は世界の年間温暖化ガス排出量の約5分の1から3分の1を占めている。食料生産は、地球温暖化への影響だけではなく、水の消費や水質、生物多様性、さらには森林の喪失にも大きくかかわっている。
「その影響は相当なものです」と語るのは、米ミシガン大学の環境科学者で、論文の執筆者の一人であるオリビエ・ジョリエット氏だ。「これは非常に差し迫った問題であり、深刻にとらえる必要があります。米国はこれまでのところ、真剣に取り組んできたとは言えません」
2つの問題を同時に考える
過去数十年にわたり、研究者らは食品による環境への影響を評価しようと試みてきた。例えば、ブロッコリー1株やコーンフレーク1箱といった特定の品目についての「ライフサイクル分析」だ。農場から店舗に至るまでのすべての段階を考慮に入れて、温暖化ガス排出量や生産に必要な水の量の推定値といった環境への影響を示す数値をその品目に割り当てる。
一方で、疫学者や公衆衛生学者は、人体について同様の分析を行っていた。彼らは食料と健康の関連性を注意深く調べ、食生活の違いや特定の食品が、疾病リスク、全般的な健康、寿命などにどのような影響を与えるかを明らかにし、それらのリスクに数値を割り当てた。
研究者や政府は長年、これらの問題を別個のものとしてとらえていた。健康を研究する者も、環境を研究する者も、自分たちの優先事項を重視していたのだ。しかし、徐々に明らかになってきたのは、わたしたちが口にするものは、地球の健康に密接なかかわりがあるということだと、食品システムと健康の専門家サラ・ラインハート氏は言う。
例えば世界的な牛肉需要の増加は、牛に与える大豆の需要を増加させる。アマゾンでは毎年、森林を広範囲にわたって伐採することによって新たな大豆畑や牛を飼うためのスペースを確保している。これらのことが、生物多様性に富み、炭素を吸収してくれる森林の消失を加速させている。
「農業は気候問題というパズルの大きなピースであり、農業、食料、食生活はどれも複雑にからみあっているのです」とラインハート氏は言う。
そこでジョリエット氏らが開発したのが、両方の問題を融合させた、特定の食品が健康と環境に与える影響に注目したシステムだ。
ジョリエット氏らは以前、ほかの研究者とともに、加工肉の過剰摂取や全粒穀物の過少摂取といった食生活の選択による健康負荷を数値化した膨大なデータベースの作成に取り組んでいた。ミシガン大学のチームは、それらの食生活リスクを「障害調整生存年数(DALYs)」という数値に変換させた。これは行動を変えることによって、その人がどれだけの寿命を失う、あるいは得るかを測るものだ。
研究チームは、野菜といったカテゴリーだけではなく、特定の食品を食べるか食べないかの選択が、DALYsの数値にどのような影響を与えるかを掘り下げ、ある人物の食生活が変わったとき、一部の食品が与えるよい影響とその他の食品が与える有害な影響について詳細に説明している。
例えば牛肉をたくさん食べることは、糖尿病や心臓病と関連している一方で、その代わりに野菜をたくさん摂ることは、心臓病のリスク軽減につながる。ただし、この分析は集団全体を対象としたものであり、必ずしも個人に関するものではないとジョリエット氏らは警告している。人はそれぞれに固有の健康リスクを抱えており、それによって食生活の変化からどの程度影響を受けるかは変わってくる可能性がある。
ホットドッグは34分を犠牲にする可能性
その影響をより明確にするために、研究チームは、ホットドッグ、フライドチキン、ピーナツバターとジャムのサンドイッチ、ビーツなど、約6000種類の食品の栄養成分を調べた。ホットドッグを一つ食べることは、ある人にとっては35分間の寿命を犠牲にする可能性がある。大半の果物は、食べると数分間の長生きにつながる。イワシのトマトソース煮を食べれば、82分間余分に生きられるかもしれない。アップルパイの場合は、リンゴによる増加分と、バター、小麦粉、砂糖による減少分があり、増減はほぼ相殺される。
この分析は、特に驚くべき内容を明らかにしているわけではない。疫学者たちはずっと以前から、加工肉や加工度の高い高糖質の食品が、病気のリスクを高めることを知っていた。しかし、これほど多くの製品の潜在的な影響を細かく示すことによって、研究者らは食品にランク付けをし、これを整理し、特定の習慣が消費者にどのような影響を与えるかを詳細に理解することができるようになった。
研究チームは並行して、これら何千種類もの食品が環境に与える影響の評価も行った。彼らは炭素コストにとどまらず、周辺の水系への影響、食料の生産や包装に必要な希少鉱物、生産に伴う地域の大気汚染など、食料生産による影響が環境に吸収される15の異なる経路を計算に組み込んでいる。
このように、ふたつの問題に同時に注目してみることによって、歓迎すべきパターンが浮かび上がってきた。そのパターンとは、人間の健康に良い多くの食品は、おおむね環境にもやさしい、というものだ。
大方の予想通り、豆や野菜(ただし温室栽培のものを除く)、また持続可能な方法で養殖されたナマズなどの魚介類の一部は「青信号」ゾーンに分類された。「黄信号」ゾーンに入る牛乳、ヨーグルト、卵を使用した食品、温室栽培の野菜には、健康および環境へのコストが同程度含まれる。「赤信号」ゾーンには、牛肉、加工肉、豚肉、ラム肉といった、健康および環境コストが高い食品が入る。ビーフシチュー1食分の炭素コストは、この計算によると、車で約22.5キロ走ることに相当するという。
健康に良い食品は環境にも良いというこのパターンは、大半の環境指標に当てはまるが、例外は水の使用量だ。ナッツや果物などの食品は健康面で多くのメリットがある一方で、カリフォルニアのような水の少ない地域で栽培されることが多い。「わたしたちが今食べている食品と、ナッツや果物のような"食べるべき"食品とでは、水の使用量に大きな違いがあります」とラインハート氏は言う。「これは、ナッツや果物をより多く食べるべきではないということではなく、そこには解決しなければならない問題があるということです」
何をすべきか
気候変動の課題の中には、比較的単純な方法で解決が可能なものもある。例えば、建物や自動車などの動力源として必要とされるエネルギーの大半は、再生可能エネルギーに置き換えることが可能だ。
食料についても、食べることをやめることはできないが、「何を」食べるかを変えることは可能だ。地球上すべての人間がビーガン(卵や乳製品を含む動物性食品を口にしない完全菜食主義者)になれば、食料システムから排出される温暖化ガスは半分以下に削減され、また全員がベジタリアン(卵や乳製品は食べる菜食主義者)になれば、食料による排出量は44%削減される。
「この研究が示しているのは、人々が食生活を大きく変えずとも、かなりの成果を得られるということです」とクラーク氏は言う。「これは非常に有望な結果です。なぜなら人はさまざまな理由から、そうした大きな食生活の変化を望まないからです」
ベジタリアンやビーガンの食生活は、米国やヨーロッパではますます一般的になってきているが、「あらゆる人が今後30年間、野菜だけしか食べないで生活するというのは、あまりにむちゃな仮定です」とクラーク氏は言う。
食料の選択は個人的なものであり、文化、宗教、感情、経済的な問題と深くかかわっている。「上から命令するよりも、選択肢を示す方がはるかに良い方法です」と、米タフツ大学で食品、栄養、環境を研究するナグラー・エル=アバディ氏は言う。このアプローチが目指すのは、人々に情報を提供し、それぞれのニーズと価値観に合った選択ができるようにすることだ。それによって、その選択が全体として人間と地球両方の健康に利益をもたらしてくれる。
これを実現するには、工業的な食料生産を再構築するという大規模な取り組みと連携していかなければならないと、氏は強調する。
それでも、人々が日々何を食べるかを選択することは、決してささいな問題ではないと、クラーク氏は言う。「わたしたち全員が明日からビーガンにならなければならないというわけではありません。小さな変化が大きな影響力を持つのです」
(文 ALEJANDRA BORUNDA、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2022年1月5日付]
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