腸を整えるビフィズス菌 認知機能が改善する研究も
認知症は40代50代からの予防が重要だ。若い頃からの認知症治療や研究に取り組む医師らの啓発団体「40代からの認知症リスク低減機構」は、8月27日に「脳寿命を延ばす いまの状態を把握し、対策を考える ~脳と腸からはじめる認知症予防の可能性」と題するオンラインメディアセミナーを開催した。前回記事(「脳と腸の意外な関係 腸内細菌が認知症に影響する?」)に引き続き、講演の内容を紹介する。
今回は、森永乳業株式会社研究本部基礎研究所長の清水金忠さんにビフィズス菌の特徴と認知機能の関係についての最新研究を説明していただいた。
ビフィズス菌が作る酢酸は、腸に良い働きをする
ビフィズス菌は主にヒトや動物の腸内にすむ細菌で、腸内環境を整え様々な病気を予防する。
健康によい菌としては、乳酸菌がよく知られている。乳酸菌は、糖を分解して乳酸を50%以上つくり出す菌の総称だ。それに対してビフィズス菌は、乳酸よりも多く酢酸をつくり出すという特徴がある(下表参照)。
酢酸は腸管内で様々なよい働きをすることが分かっている。例えば、有害菌の増殖抑制、腸管バリアの改善、抗炎症作用、抗メタボリック作用、O157感染防御作用、免疫グロブリンA[注1]の機能制御などだ。
「酢酸は大腸でよい働きをしますが、口から摂取すると小腸でほとんど吸収されてしまって、大腸まで届きません。大腸での酢酸濃度を一定に保つには、ビフィズス菌のように酢酸を作り出す菌の活性を高めることが重要です」(清水さん)
ビフィズス菌と乳酸菌の違い
[注1]免疫グロブリンは、血液中や体液中に存在し、抗体としての機能と構造を持つタンパク質の総称。免疫の中で大きな役割を担っている。IgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5種類があり、「免疫グロブリンA」はこのうちIgAのこと。
認知機能に関連する臨床試験
ビフィズス菌に注目した清水さんらは、様々な菌株について認知機能を改善するものがないかをモデル動物で調べた。その結果、ビフィズス菌MCC1274株が有望と分かり、ヒトによる臨床試験を行った。
予備試験として、軽度認知機能障害(MCI)を疑われる高齢者にビフィズス菌MCC1274を含むカプセルを24週間摂取してもらった。すると、摂取8週後、16週後、24週後に認知機能のスコアが改善されたという。
そこで本試験では、プラセボ(偽薬)を対照とした二重盲検臨床試験を行った。
50歳以上、80歳未満のMCIと疑われる方80名に、MCC1274株またはプラセボを含むカプセルを16週間摂取してもらい、摂取前後の認知機能を評価した。
試験の結果、MCC1274株を摂取したグループでは、「アーバンス(RBANS)」[注2]という神経心理テストで、即時記憶(今聞いた電話番号や人の名前などの記憶)、視空間・構成(車の運転や物の整理など空間的な関係を把握する能力)、遅延記憶(一定時間経過後に思い出す能力)のスコアが、摂取前と比較して大幅に改善された。これらはプラセボ群と比較しても有意に改善されたといい、また、アーバンスの総合スコアも認知機能の改善が認められたそうだ。
また、簡易認知機能スケールである「あたまの健康チェック(JMCIS)」においても同様に、プラセボと比較して有意な認知機能の改善が認められたという。
「プラセボと比較してこれほどはっきりと認知機能が改善されたことには、私も驚きました。結果は、アルツハイマー病の国際学術誌Journal of Alzheimer's Diseaseに論文として投稿し、2020年7月に公開されました[注3]。国際的なアルツハイマー病の情報サイトALZFORUMで紹介されるなど、大きな注目を集めています」(清水さん)
これまでのところ、MCIの疑いのある人に使用できる薬は存在せず、はっきりとした効果が証明されたサプリメントもないとのこと。
今回のセミナー記事では、脳と腸が互いに影響を及ぼし合う関係を中心に紹介してきたが、今後、さらに研究が進めば、食べる物によって認知機能改善やMCIに対処できるようになるかもしれない。そんな日が来ることを期待したい。
[注2]アーバンス(RBANS)は、認知機能の低下を手軽に数量化することを目的に米国で開発された神経心理学検査の一つ。1998年に開発された。
[注3]Xiao et al.,Journal of Alzheimer's Disease, 2020
(文 梅方久仁子、図版 増田真一)
森永乳業株式会社 研究本部 基礎研究所長。日本農芸化学会フェロー、京都大学生命科学研究科客員教授、天津科学技術大学客員教授。1984年中国華南農業大学卒、1991年名古屋大学大学院 農学研究科博士課程修了、理化学研究所などで研究職に従事。1995年森永乳業株式会社入社、主な研究テーマは腸内細菌やビフィズス菌、乳酸菌の基礎・機能性研究および応用技術開発。2013年に日本農芸化学会技術賞受賞、2016年には日本酪農科学学会賞を受賞。
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