へき地を星空の町に 中国人実業家、観光に挑戦
1000年前からラバが行き来してきた道をたどり、マツとオークが密生する森を抜けて、イノシシのけもの道を通り過ぎる。頭上を飛び交うカラスの鳴き声を聞きながら、野生のキノコの上をまたいで進んでいくと、それは目の前に現れる。宇宙飛行士。火星探査機。UFO(未確認飛行物体)。さらには、シリウスやベテルギウスなどのたくさんの星や星座が、日中の陽の光の中で明るくきらめいている。
高度のせいで幻覚が見えているわけではない(高度2000メートルの空気が薄いことは確かだ)。
ここ中国西部雲南省麗江市にある高美古という僻村(へきそん)では、質素な農家の壁が、宇宙旅行、環を持つ惑星、太陽系、彗星(すいせい)などを描いた派手な絵で飾られている。村の水槽に描かれているのは空飛ぶ円盤だ。周囲に広がる粘土色の畑では、少数民族ナシ族の人々がジャガイモを掘り起こしている。
「いつかこの村を、中国最高の『星空の町』として有名にしたいのです」。宇宙をテーマにした壁画について、村で民宿を経営するウォン・マンマンさんはそう説明する。「ここはいわば実験場のようなものです」
標高が高く、空気がきれいで、光害がないため、この村では中国でもとりわけ暗く、星がまばゆいばかりに輝く夜空が見られるという。
その証拠に、近くの尾根にある麗江観測所の白いドームの中には、中国最大の光学望遠鏡が設置されている。望遠鏡の鏡の幅は約2.4メートルだ。同施設の科学者たちは、これまでに何十ものブラックホールを発見し、160以上の超新星を記録している。そして今、中国東部の大都市、広州のとある実業家が、この天文台と、高美古村の上に広がるダイヤモンドのように澄んだ大空に目をつけて、観光客を呼び寄せようとしている。
彼が開いた村でたった一軒の民宿は、小学校を改装したもので、平らな屋根は天文愛好家たちが望遠鏡を設置できるようになっている。瓦屋根の農家の壁には、大都市からアーティストを呼んで、宇宙をテーマした絵を描かせた。そして村の長たちは住民に、街灯を下向きにする、夜にはカーテンを閉めるといった光害対策に取り組もうと呼びかけている。夜の暗さを保ち、利益につなげるためだ。
こうした指示を、地元の人たちがどの程度真剣に受け止めているのかはわからない。
「このあたりで天文学者を見かけたことはありませんが、もし来るなら歓迎しますよ」と、キヌアとジャガイモを育てているヒ・ウォン・ジュンさんは言う。「外から来る人を見たことがあるのは夏だけで、野生の花の中で結婚写真を撮っていました」
ほかの高美古の農民たちと同様、ヒさんの悩みは、天よりも地に関係がある事柄だ。例えば、作物が育つ期間が短いこと。国境を越えた貿易にパンデミックが及ぼした影響によって、近隣のミャンマーへのジャガイモの輸出が減少していること。できる仕事が限られていること。近所の人たちが機会を求めて都会へ出ていくこと。
しかし、まさにそうした農村の苦労があるからこそ、今が高美古を新たに「天文村」として売り出すのに最適な時期だというのが、民宿の経営者ウォンさんの主張だ。
「このアイデアからお金が入ってくることを知れば、地元の人たちも関心を持ってくれるでしょう」とウォンさんは言う。
村の光を統制するアイデアとしては例えば、動物や人間による農作物の盗難防止に、農家の人々にビデオカメラを提供するというものがある。夜中に畑を撮影できる場所に設置してもらい、照明ではなく監視カメラを使えば、天体観測を邪魔しないですむからだ。
雲南省の村の夜空は衝撃的
夜の暗闇が、どこにでも電気が通っているこの地球において貴重であることは間違いない。
国際ダークスカイ協会によると、「10人中8人が光害に汚染された夜空の下で暮らして」おり、「事実上、すべての既知種が光害による影響を受けて」いるという。過去100年間における人工照明の爆発的な普及は、膨大な数の睡眠障害を引き起こしている。光を頼りに海へ向かうウミガメの子どもたちは、人間が創り出した輝きのせいで方向を見失い、何世代にもわたって死んでいる。世界中の都市に住む何十億人もの子どもたちは、天の川を見るという圧倒されるような経験を持たない。
高美古は、天文マニアに人気の「暗い夜空がある場所」のリストには入っていない(世界で最も暗い夜空は、ある天体物理学研究所によると、西アフリカのカナリア諸島で見られるという)。
それでも、この雲南省の村で見上げる夜空は衝撃的だ。
麗江の市街地から山道を39キロたどったところにある高美古の星は、まるで巨大なザルを通して降り注ぐ太陽の光のように輝いている。その色は地球の青とはまるで違う。鋼のように冷たい青、藤色、桃色、マスタードイエロー。銀河の帯は明るい道のように弧を描いて、森に覆われた冷たい地平線へと伸び、スギやマツを暗いシルエットに変える。流れ星が星座の間を滑り降り、緑色の軌跡を残していく。
地元のシャーマン(ナシ族の言葉で「トンバ」と呼ばれる)であるヤン・ホン・チャンさんは、今のところ、村が定める規則に従って夜にカーテンを閉めることはしていない。しかし、天体観測を目当てに人が来るようになれば従うという。
「われわれの世界には、まず星がありました。ほかのものと同じように、星は卵から生まれました」とヤンさんは言い、わら紙に墨で次々と、ナシ族に伝わる古代象形文字の太陽、月、星などを書いてみせる。「世界の人たちがここへやってきて星を見るというのは、すばらしいアイデアだと思います」
(文・写真 PAUL SALOPEK、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2022年3月4日付]
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