日経ナショナル ジオグラフィック社

1767年に獣を殺したとされるジャン・シャステル。地元の言い伝えによれば、彼は仕留めた獣をパリに持って行ったが、ジェヴォーダン事件への興味を失っていた国王に鼻で笑われたという。実際にあったことなのかは定かでないものの、この逸話は地元の勇敢なヒーローを外部の人間と対立させる物語的構図の一部となった。シャステルの記念碑は、フランスのラ・ベッセール・サン・マリーに建っている(ALBUM)

諸説あり、真相は謎のまま

その後の数百年、ジェヴォーダン地方で起きたこれらの恐ろしい死について、さまざまな説明がなされてきた。最も人気のある説の一つは、超自然現象としての「オオカミ男」だ。科学的には否定されているが、シャステルは西洋でオオカミ男を退治できると信じられている「銀の弾丸」で獣を撃ったという噂があったため、この伝説は長く残ることとなった。

最近では、連続殺人を行っていた殺人鬼が、何らかの動物を使って殺しを働いていたのではないかとの説もある。ただ、専門家の多くは、これはあまりにも突飛だと考えている。

最も支持されているのは、動物界に根拠を置く説だ。ハイエナのように、フランスに生息していない動物がやってきたのではないかと考える人もいる。生物学者のカール=ハンス・ターケ氏は、獣はどこからか逃げてきた若いオスのライオンで、未熟なたてがみがフランスの田舎に住む人々には奇妙に見えたのだろうと主張している。ターケ氏によれば、このライオンはジェヴォーダンに広くまかれた毒入りの餌を食べて死んだということになる。

対して、歴史学者のジェイ・M・スミス氏は、もう少し現実的な説を提唱している。ジェヴォーダンの「獣」とは、むしろ複数の大きなオオカミだった可能性が高く、ゆがんだ報道とそれに続く国家的なヒステリーが、ジェヴォーダンの獣とそれに伴う過熱を生み出したという。

最後の襲撃事件から100年以上が経過した後、ロバート・ルイス・スティーブンソン(後の『宝島』の作者)は、ジェヴォーダンを旅しながら、世界が変わりつつあることへの落胆をこうつづった。「ここは、忘れがたき野獣の地、オオカミの中のナポレオン・ボナパルトの地だった」。しかし鉄道が開通した今、「そう呼ぶにふさわしい冒険には出会えないかもしれない」

ジェヴォーダンにも現代社会が入り込んだかもしれないが、獣の正体はおそらく未来永劫、解明されないまま、この荒涼とした地に謎めいた空気を漂わせることだろう。

18世紀の版画。獣による様々な襲撃が描かれている(ALAMY/ACI)

(文 JUAN JOSE SANCHEZ ARRESEIGOR、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)

[ナショナル ジオグラフィック 日本版サイト 2021年11月26日付]