スミット氏によると、北米のこの地域は6600万年前には、氾濫原を流れる川が刻んだ深さ10メートル以上の谷だったという。小惑星の衝突が引き起こした強力な地震は、15~30分後にはタニスにも到達した。この地震によって内海の水が川を逆流し、水中にあったあらゆるものが土に埋もれた。
一方、小惑星の破片は空高く舞い上がって大気圏に到達し、ガラス状の小さな塊になった。「テクタイト」と呼ばれるこの粒子は、衝突から約15分後に地上に降り注ぎはじめた。驚くべきことに、タニスの堆積物には、上空から地上に落ちてきたテクタイトが地面にめり込んでできた穴が今でも残っている。テクタイトは魚のエラにも入り込んでいるが、消化管や体内には見当たらないことから、魚はテクタイトが川に降り注ぎはじめた直後に死亡したと考えられる。
小惑星の衝突による破壊の手がかりは、タニスのあちこちで見つけることができる。ある堆積物層ではすべての魚が左向きに、次の層ではすべて右向きになっている。まるで、波が寄せたり返したりを繰り返している間に、魚が流されてきて土に埋もれたかのようだ。「大規模な交通事故の現場がその場で凍りついたようなものです」とデュアリング氏は説明する。
古代の魚の骨に隠された手がかり
デュアリング氏とスミット氏は、タニスのチョウザメとヘラチョウザメの化石を数点オランダに持ち帰り、骨の分析に取りかかった。これらの魚の骨の一部は、木の年輪のように周期的に層をなして成長してゆく。その層を分析して、魚が死んだ季節を特定できないかと考えたのだ。
例えば、プランクトンを濾しとって食べるヘラチョウザメの骨には、餌の化学組成の変化が記録されている。光合成を行うプランクトンの生産性は、秋から冬にかけてよりも春から夏にかけてのほうが高く、プランクトンの生産性が上がると、一般的な炭素12よりもわずかに重い同位体(中性子の数が異なる同じ原子)である炭素13の比率が高くなることがわかっている。
デュアリング氏の研究チームはヘラチョウザメの骨の各層を分析し、死亡時は炭素13の比率は増加傾向にあったが、まだピークには達していなかったことを突き止めた。これは魚が春に死んだことを示唆している。
研究チームは、魚の骨の成長パターンも分析した。デュアリング氏らは、世界で最も明るいX線を発生させる粒子加速器である、フランスのグルノーブルにある欧州シンクロトロン放射光研究所(ESRF)を使って魚の骨のコンピューター断層撮影装置(CT)スキャンを撮影し、骨の微細構造が季節によってどのように変化するかを詳しく調べた。
春と秋は餌が豊富であるため魚の成長が早く、この時期にできた骨は穴が多くスポンジ状になっている。一方、秋から冬にかけては餌が少ないため成長が遅く、骨には「成長停止線」と呼ばれる固い層ができる。研究チームは、骨の内部から最も新しい外層まで、こうした変化を測定した。その結果、タニスの魚はどれも、成長が加速しているがまだピークには達していない時期、すなわち春に死んでいたことが明らかになった。
2つの別々の証拠がどちらも同じ季節を指していることから、研究チームは自分たちの結論に自信を深めている。論文の共著者であるウプサラ大学のデニス・フテン氏は、「自分たちの研究で季節を1つに絞り込むことができたと確信しているのは、そのためです」と話す。