「肩がこる」との表現は夏目漱石の著書「門」から広まったとの説があるが、1世紀超を経て、肩こりが働く上での「損失コスト」だとみる研究が進んでいる。産業医科大学の永田智久准教授(産業医学)らがコロナ禍前の18年とコロナ禍の20年、21年に、製薬会社などの従業員のべ4万人を対象に実施した調査によると、いずれの年でも最も多い不調は「首の不調や肩こり」だった。

同時に、不調が原因で仕事の能率が悪くなるという労働生産性の低下を金額に換算した「損失コスト」を調べた。首の不調や肩こりによる1人当たりの損失額(1カ月)は18年が8689円なのに対し、20年は1万67円、21年は9716円に上った。損失コストは、不調の有無や、症状があるときの仕事量やミスの多さといった仕事の質を症状がないときと比較した質問などをもとに金額を算出した。

心身の不調、能力低下に

仕事の能率が悪くなる不調は肩こりだけではない。「だるい」「気分が落ち込む」なども含め心身の不調を抱えたまま仕事をしている状態を「プレゼンティーイズム」といい、パフォーマンス(労働遂行能力)の低下を引き起こすとの指摘がある。永田氏らが18年に製薬会社4社の従業員1万2350人を対象に行った調査では、健康問題に関わるコストのうち、医療費や薬剤費は25%、病気での欠勤(アブセンティーイズム)は11%だったのに対し、プレゼンティーイズムは64%を占めた。万全ではない健康状態で働き続けると、医療にかかる費用や病欠よりも大きな損失をもたらすことが明らかになり、従業員の健康増進や健康維持を目指す「健康経営」が注目されるようになった。

永田氏が顧問をつとめる健康関連ITサービスのバックテックの福谷直人社長は、コロナ禍で「企業のプレゼンティーイズムへの関心が改めて高まっている」と語り、同社の法人向けの肩こりや腰痛対策のアプリ「ポケットセラピスト」への問い合わせも増えているという。

この現象は国内にとどまらない。英BBCは21年6月に「プレゼンティーイズムが生産性をしのぐ理由」を特集した。英国内でプレゼンティーイズムのために労働者1人当たり年間35日の平日が失われ、週50時間以上働いた後に生産性が急低下するとのデータを紹介し、プレゼンティーイズムから脱するための方策を論じた。

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限られる脊椎脊髄の専門医